生と死の境界線

□U
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場所は変わって、現在城内部。

深夜静まり返る城を堂々と進むと、ヒールの所為でカツカツと音が鳴り響いた。
美味しそうなカレーの匂いを追いながら、ふとした気配に立ち止まる。
すると面白いくらいに後ろの気配もピタリと止まって苦笑した。


「困ったもんだな、ついてきたの?」

「ぐるるっ」

「どうやらご主人様は撒けたけど、君は無理だったみたいだね。」


振り向くと煙管を加えた犬が一匹、警戒心を露わにしながら此方を睨みつけて居た。
忍じみた気配の絶ち方は人のそれとは違い、私も思わず追跡を許してしまったらしい。

あの世界で生きていた頃から比べ、随分と鈍ってしまった感覚に自身で呆れた。
転生した自分は確実にその時の身体能力を引き継いでいた筈なのに、ここ十数年が平和過ぎたからだろうか。
人魔戦争の間は絶賛現実逃避中だったし、実力を発揮する機会なんて帝都内でそうそうある筈もなく。

そんな事を考えながら、一歩近づくと一歩後ずさるラピードを見つつ、少し嘲笑。
ああ、自分は今何と馬鹿な事を考えたのだろう。
勿論力が衰えたのには頷くが、それを抜きにしても原作開始以前の、レベルがとても低いこの子を私が撒けない筈無いじゃないか。
一定以上の距離を取り、脅えているのが良い証拠。この子はかけ離れた私の実力を理解している。

つまりは。



「君のご主人は君に何を頼んだんのかねぇ。」

「ガウッ」

「残念だけど、詮索してる時間は無いかな。ほら。騎士に見つからない内に帰りな。」



私を捕まえる為の尾行でなく、私を捕まえそこなったユーリ・ローウェルが何か別の用事を頼んだに違いない。


すっと通ってきた女神像の下を指さすと、少し迷うように此方を見てくるラピード。
きっと彼自身困惑しているんだろう。主人から聞いていた情報と、私の行動が随分違うのだから。

動物故に感じる得体の知れない恐怖感。
そしていくら金庫に忍び込む為とはいえ、騎士である筈の女が抜け道から城へと入っていくその事実。
私が騎士ではない、もしくは個人的に騎士団小隊長を使役できる地位にいる、外部の人間と解釈するに十分な材料だった。


私が脅しを掛けるかのように一歩近づくと、ラピードは一瞬躊躇った末、女神像の下へと消えた。
もう戻って来られないように像を元の位置に戻すと、今度は足音がならない様に気を付けながら進んでいく。
幸い見回りの兵士とは接触はせず、難なく金庫までたどり着けた。

申請を行ったのは昼間。
そしてその後すぐ、手続きに記載されている筈の金額よりも少量の金を、役員がこの金庫から出している。
差額はどうせ、後に自分の懐に入れるよう手配しているはずだ。だからこそ。



「確かに、今金を盗んだ所で誰もが信じるだろうね。評議会が金を改竄したと。」

「そう。なのに何で君といい、ユーリ・ローウェルといい、そんなに拒むのかなぁ。」

「その方法が正当でないからだよ。」

「へぇ。でもそれって多分君だけだよね。少なくともユーリ・ローウェルは、案自体に否定してた訳じゃないし。」

「、僕らの関係を理解している様だね。別に隠しては居なかったが。君は一体何者だ。」

「さてはてこれは困ったな。そんな聞き方で堂々と答える奴がいたら、鼻で嗤いそうだ。」



金庫の前で待ち伏せていたのは皆様ご存じフレン・シーフォ。
ユーリ・ローウェルが彼に情報を流したのは明白だし、こちらには先ほど別れたラピードという心当たりが一つある。

フレンが出て来たって事は、あのワンコの目的は間違いなく情報の伝達だ。
部下を引き連れていない所を見ると、情報が伝わったのはほんのついさっき。きっと彼の独断行為なんだろう。
全く持って不愉快だ。妙に兵が少ないと思ったら、見回りの兵を幾分か下げやがったなこの金髪王子め。

某主人公と同じ黒髪をかき上げ舌打ちすると、フレンはどうやらお気に召さなかったらしく、すらりと剣を抜いた。
武器を構え、視線だけで射殺せそうな雰囲気を纏っている。
私はその殺気とも取れる紛れもない敵対心に頭を抱えた。



「やだな。丸腰の女性に武器を向けるなんて、阿保な幼馴染でもやらないよ。」

「君は敵だ。当然だろう。」

「へぇ、それは素敵な解釈。」

「違うのかい?」

「うーん。私はどうやら君達の評価を見誤っていたらしい。」



何のために夜まで待ったと思ってやがる。そんな言葉を呑み込んで、代わりに浅く、ため息をついた。
夜まで待った理由としては、その方が人目に触れず、この計画の成功する確率が格段に上がるからだ。
フレンという存在を忘れ、先手を打たなかった私も私だが彼は今どれ位理解しているだろう。
事が起こる前に兵を下げた意味と、この場で戦う意味を。そしてこの計画が失敗した時の、その代償を。


この時点で詰めが甘かったのは自分かと自覚して、今度は盛大にため息を吐いた。
ユーリ・ローウェルに感づかれた時点で計画を変更するべきだったのだ。


主人公とそのライバルとはいえ、彼らはこの世界ではただの二十一歳。
まだ思春期を終えたばかりの青年で、ゲーム内でもそれらしい矛盾点は多々存在していたのに、それでも期待してしまったのはきっと外野から見ていた名残だ。
つまりは無意識の内に主要キャラ及び主人公フィルターというものが私の脳内で構築されていたと、そういう事。

己の失態を理解したところで踵を返すと、後ろの彼が驚愕したように声を上げる。
ちらりと振り返ると戦闘態勢を崩さぬまま、フレンが顔を歪めていた。
しかし言葉を発する様子はないので今度は私が顔を顰める。



「待て、と言われたから待ったんだけど。何か用?」

「あ、いや。君は何故、何もせず帰るんだい?」

「変な疑問だね。何かする事を阻止する為に居たのでは?」

「素振りがない。演技のようにも見えない。君の目的は金銭を、」

「奪取する事ならもう失敗だよ。アンタが兵を下げた時点でね。」

「、え?」



そう、この計画は『フレンが兵を下げた時点』で成功なんぞ出来る訳ないのである。
何故なら事を起こせば直前に警備を薄くした彼と、その周囲に疑惑が降り注ぐからだ。

水道魔導器の件も、評議会の連中に一泡吹かせるのにも、基盤は下町に世間の注目を浴びさせない事が大前提。
お分かりか。疑惑が生まれても、ここで戦って大事になっても、その基盤条件が崩れるのだ。
平民出身、下町の入れ込み具合に若さ故の実直さ。
評議会から煙たがれてるのは間違いないし、フレンがありもしない罪を着せられる可能性だってある。



「逆に興味あるよ。アンタ、どうして評議会の肩を持ったわけ?」

「肩を持つ、とは。僕は只不正な行為を、。」

「限度もんだね。不正を不正で返したまでなのに。ユーリ・ローウェルは何を伝達したんだか。」

「自分を棚上げしてよく言う。君が水道魔導器を壊した張本人だという事、忘れないでほしいな。」

「おっと。それは確かに私の所為だ。一応、罪滅ぼしの為にこういう策に出たんだがね。」

「方法がもっと別にあったはずだ!」

「へぇ、早急に金を稼ぐ方法が汚れ仕事以外であると?娼婦、暗殺、密売。その辺りなら確かに稼げるな。」

「っ、そういうのではなく!正当な、!」

「正当、ね。でもそれは途方もない話だよ。時間をかければ掛けるほど、下町の人間は死活問題が続く、んでしょう?」

「、」

「何事も根っこを叩かなきゃ意味はないさ。」



正義なんてものほど、人によってコロコロ変わるものはないしね。

そうぼそりと言った言葉すら聞こえたのか、フレンは青い顔して押し黙った。
こういう問題は自分でなく彼の親友が持ってくる内容なのに、私も存外大人気ないらしい。
ペロッと舌を出して窓に手を掛けると、今度は静止が掛からなかったので静かにその戸を開けさせて頂いた。
よしよし退路は確保である。


実の所、私としては別にフレンの立場が悪くなろうが、下町の人間が困ろうがさして問題はない。


ただやはり気掛かりなのは父と幼馴染達だった。
私にとって守るべき者、何より優先するべきなのは家族とデコボコのみ。
注目を浴びるとなれば、勿論。申請の手続きを行い、偽りの情報を提供した我が父に被害が及ぶのは避けられない。
そう、現に水道魔導器はもう天才魔導士の手によって直っているのだ。
時差の調査も行われれば確実に父の罪はバレる。それだけはどうしても頂けないし、公にするつもりも無い。

ならば現状から見出せる最善の策とは何か。

水道魔導器はすでに直っている。計画は失敗した。
だが表舞台の現段階では申請も正式に行われており、魔導器を直すには到底足りないであろう金額が下町へと渡されている筈。
やはり愛すべき下町の青年達が目を瞑ってくれなかったとはいえ、今更すべて無かった事になんて出来やしないのだ。

自分は今苦虫を噛み潰したような表情をしている気がする。導き出された答えはこうだ。
注目を浴びてない今、当初の計画に準じ『明日までにその差額さえ用意』できれば、下町の人間も文句は言わず、この始末は永遠に闇へ葬り去る事が出来ると。
明日までにというのがこれまた厄介で、一刻を争う事態だ。方法はさて、如何するべきか悩むな。


「待ってくれ!」


再び発せられた引き留める言葉は、さすがに無視させて頂くとしよう。
時間が惜しいという理由もあるが、それ以上に深く関わって原作が大きく変わっても面倒だと思ったからだ。

現に私が居ることにより少しづつ変わり始めているこの世界。
さてはて、今後どうなるのか。まずはその変わったであろう初めのブレに会いに行こうか。





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