「初めまして。『カミツレ』です。」
セナはおずおずとそう名乗った。
オフ会なんて初めてで、ただでさえ勝手がわからない。
さらに普段呼ばれていない名前を名乗るのだから、余計に落ち着かなかった。
郁がネットの中で恋愛を語るコミュニティを立ち上げたのは、切実な事情だった。
王子様を追いかけて図書隊に入った郁は、最近その正体が尊敬する上官だと知った。
2人の姿が完全に1つに重なり、はっきりと恋を自覚した瞬間から悩める日々が始まったのだ。
だが問題は片想いの相手が近すぎることだった。
直属の上官であり、4人しかいない班の班長。
しかもバディを組むこともあるのだ。
さらに郁は図書隊の寮に入っており、プライバシーはないに等しい生活だ。
そして寮のルームメイトやら、同じ班の副班長やら、身の回りには勘の鋭い人間が多すぎる。
このままではいつか本人に悟られるか、周りの人間に気付かれることになる。
自分に自信がない郁は、相手も自分を想ってくれているなんて思えない。
とにかくこの想いは隠さなければならないと断固決意した。
そこで目をつけたのが、ネットの世界だった。
寮の部屋にいながら、関係者がいないところで悩みやグチを聞いてもらう。
つまりガス抜きだ。
それに他の人の恋愛話が聞ければ、ほぼないに等しい自分の恋愛スキルも上がるかもしれない。
そして今日は記念すべき、初めてのオフ会だ。
年末年始の年越しという形にしたのは、郁の都合だった。
今年、郁は奇跡的に年末年始の休みが取れたが、はっきり言ってあまり嬉しくない。
隊内でも同班のメンバーやルームメイトは、みな実家に戻ってしまうからだ。
郁は実家と折り合いもあまり良くないので、帰るという選択肢もない。
これだと1人で悶々と過ごすことになる。
それならネットの中で同じように過ごす人を誘って、一緒にカウントダウンしようと考えたのだ。
参加者は郁の他に「主務」「エース」「エメラルド」「ファントム」の4人。
4人が男性だったことに驚きはしたが、大した問題ではなかった。
みんな恋に悩む仲間だからだ。
もしも過保護な班長が知ったら女1人で行くことに反対するのだろうが、郁にその発想はないのだ。
「みなさん、よろしくお願いします!乾杯!」
郁は元気よく会の開会を宣言し、グラスを掲げる。
すると4人が「「「「乾杯!」」」」と声を揃え、オフ会が始まった。