「おお振り」×「ダイヤのA」

□第15話
1ページ/3ページ

「三橋さ〜ん!沢村さ〜ん!」」
顔なじみのテレビスタッフが、駆け寄ってくる。
帰ろうとしていた2人は足を止め、顔を見合わせた。

ハワイにやって来た沢村と三橋は、わかりやすく観光を楽しんでいた。
日本人がハワイに来たら、絶対来るだろうショッピングモールを散策する。
その最中に、日本人の一団に声をかけられたのだ。
前に2人がバラエティ番組に出演したときのテレビスタッフだ。
もちろん彼らは旅行ではなく、撮影のために来ているのだ。

「うわ。すごい偶然だなぁ。ねぇ2人とも野球やらないですか?」
人懐っこいディレクターが、笑顔で誘ってくる。
彼らは今日の分の撮影が終わり、後は自由時間だという。
三橋と沢村は元気よく「「やりたいです!」」と答えた。
投げるの大好きな2人、野球の誘いをことわるという選択肢はない。

そして2人は大いに楽しんだ。
メンバーはテレビタレントとスタッフ、もちろんレベルは高くない。
せいぜいちょっと上手い草野球という感じだ。
だけど久しぶりにボールを投げるのは、嬉しかった。
バッティングだって、素人相手ならまぁまぁ打てる。
久しぶりにしっかりと野球をしたという実感があった。

「楽しかった、です。」
「あざぁ、した!」

緩い試合が終わった後、三橋と沢村は頭を下げた。
汗をかいたし、さっさと引き上げよう。
滞在している三橋家所有のリゾートマンションはバスルームも豪華だ。
シャワーで汗を流して、いやその前に敷地内のプールで泳ぐのもいいかもしれない。
だが立ち去ろうとした2人に「三橋さ〜ん!沢村さ〜ん!」」と声がかかった。

「このまま番組に出てもらえませんか?」
番組スタッフの1人が駆け寄ってきて、そう言った。
2人は気付かなかったが、野球の様子も撮影をしていたらしい。
三橋と沢村は一瞬、顔を見合わせる。
だが三橋は首を振り、沢村が「すみません」と頭を下げた。

「プライベートの旅行だし、今はタレント活動もしていないんで」
沢村が固辞すると、相手の表情が変わった。
かすかな不機嫌さを匂わせているのを見て、悟る。
最初から下心込みで、野球に誘ったのだ。
歪めた口元から「この流れで断るのか」という不満が漏れている。

「あのさ。今の野球の映像だけ使ってOK、ってことにしたら?」
険悪な雰囲気になりかけたのを察した三橋がそう言った。
沢村は「え〜?」と声を上げたが、確かにそれが一番穏便だと思った。
野球をしようという言葉に釣られて、迂闊にも撮られてしまった。
それならもうそこで線を引いた方が、角が立たない。

「そういうことでいいっすか?」
沢村が渋々という感じで切り出すと、相手も「仕方ないっすね」と折れた。
この時点で、三橋も沢村も気づいていない。
2人がこの旅を始めた頃、勝手に撮影されてアップされた動画が日本で話題になっている。
つまり今の2人は日本のテレビ業界では需要があると見なされていたのだ。

「それじゃこれで。」
今度こそ立ち去ろうとしたところで、今度は若い女性が駆け寄ってきた。
最近人気が出てきたアイドルタレントだ。
沢村は内心「こいつナントカ坂だっけ?」と首を傾げる。
三橋に至ってはまったく知らなかった。

「私、三橋さんが好きなんです。この後夕食でも!」
彼女は三橋の前に立ち、やや伏し目がちに見上げた。
おそらく可愛く見える角度や表情は計算済みだろう。
三橋は未だに少年っぽい可愛らしい見た目だし、家が裕福であることも知られている。
つまり女子からすれば、まずまずの狙い目なのだ。

ちゃんとことわれるか?
すっかり兄目線で心配になった沢村だが、三橋は冷静だった。
困ったように笑いながら「ごめんなさい」と頭を下げる。
かのアイドルは「え〜?」と舌足らずな甘え声を出すが、三橋は動じなかった。

「好きな人、いるから。誤解されたくないんです。」
三橋はきっぱりと言い切って、さっさと歩き出した。
沢村はニカっと笑うと「それじゃ」と手を振って、三橋の後を追う。
後には間抜けな顔のアイドルが残されたが、フォローする者はいなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ