短編

□白色世界
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 仕事場でも『白色地帯』のことは話題になっているかと思いきや、そうではなかった。仕事仲間たちは皆別の事件や事故のことばかり話題に上げて、『白色地帯』のことは完全に無視していた。どうしてだろう。仕事仲間たちが話題にしている事件なんかより、『白色地帯』の方がよっぽど身近なところで起こっている出来事なのに。同じ首都トキヨに在住していて、トキヨの郊外で起こった不可思議な事件のことはどうでもよいのだろうか。帰りの電車に揺られながら、そんなことをずっと悶々と考えていた。
 そうだ。一度そのトキヨの郊外とやらに行ってみようか。実際に目にしてみたら何か分かるかもしれない。そうだ、そうしよう。
 ぼんやりと車内を見回してみると、ランスパランを膝に乗せた女性がいた。シキとは違って、深青色の鱗が夕日の光に照らされている。女性は大人しいランスパランの喉元を優しく撫でてやっていた。温かい夕日の光に包まれた二人は、私の胸をどこか温かくした。ポールに背を預けながら、再び窓の方を向いた。窓に映った疲れた私の顔が、微笑みかけてくれた。
 帰るといつものようにシキが私を迎えてくれる。尻尾をちぎれんばかりにぶんぶん振って、綺麗な薄い翼をぱたぱたとはためかせて、喜びを全身で表してくれる。それを見るといつも私の心は温かくなる。疲れは一気に吹き飛んで、ほっこり笑顔が自然に浮かぶ。
「ただいま、シキ。寂しかった?」
 鞄を床に置いて抱き上げると、シキがきゅうきゅう鳴いて頬を摺り寄せてきた。温かい鱗が心地よい。シキを抱いたまま、靴を脱いで部屋に上がった。ベッドの上にそっとシキを下ろし、朝からベッドに放置していたリモコンを手に取る。テレビをつけると、丁度良いタイミングで夜のニュースが始まった。シキの食事を用意しながら耳を傾ける。またあの『白色地帯』に関しての話題があがってこないかと思ったが、期待は外れた。
 仕方ないかと肩を竦めて自分の食事を用意しにかかる。今日はもう面倒なので出来合いのものを購入してきた。てんぷらを食べたい気分だったので、天丼。レンジで温める。その間にお茶を用意する。お湯を沸かしていると、テレビの映像が真っ白な世界に切り替わった。思わずお湯を放置してテレビの元に駆け寄る。音がよく聞こえなかったので、リモコンでボリュームを上げた。
『……のように、『白色地帯』は拡大している模様です。既に数万人の人間が行方不明になっており、現在警察が総力を挙げて捜索中です。一方、『白色地帯』に以前のまま生存している生き物はどうやらランスパランだけのようで、警察はランスパランと『白色地帯』の関係性を疑っております』
「ランスパラン……」
 思わずシキを振り返った。シキは小首を傾げてこちらを見上げている。金色の美しい瞳が、どうしたの、と問うていた。それを見て、ふっと笑う。まさか。こんな何も分かっていなさそうな子たちと『白色地帯』と一体何の関係があるというのだ。関係なんかないに決まっている。疑うだけ無駄だ。私は気楽にそう考えていた。でも、『白色地帯』のことを知った世間の人々はそうは思わなかったようだ。
 数日後、警察が私の元を訪れた。ランスパランであるシキを引き取りに来たのだ。
 私は抵抗することもできず、シキをよく知りもしない人間に渡すしかなかった。何も分からないシキは不安そうな色をその瞳にたたえてこちらを何度も振り返り振り返り、警察がもってきたケージに素直に入っていった。ああ、なんて大人しくて素直で良い子なんだろう。こんな子が、『白色地帯』と関係あるはずなんかないのに。どうして世間の人はこうランスパランを悪者にしたがるのだろうか。こんなに良い種族なのに。私は涙が溢れる瞳でシキを見送った。
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