短編

□白色世界
2ページ/5ページ

シキは色を食べるドラゴン、ランスパランだ。彼は寒色系よりも暖色系の色が好みのようで、特に赤やオレンジといった色を好んで食べる。シキによって色を失った物体は「無色」になる。白ではない。本当に色がなくなるのだ。今シキが食べている暖色系のインクや絵の具も、どんどん色を吸い取られて無色になっていっている。その様子を見るのはなんだか面白い。だから私は自分の食事なんかはそっちのけで、おいしそうに色を食べているシキを毎回眺めている。シキは見られているからといって恥ずかしがる様子も見せず、食事に没頭している。あっという間に渡したものの全てが無色になった。
シキの食事の後片付けをして、私は漸く自分の食事の準備をする。昨夜の残り物やパンなんかを食卓に出して、テレビをつける。見慣れた女性キャスターが化粧と共に笑顔を顔に塗りたくっていた。最近起きた火災や殺人事件、強盗なんかのニュースを男性キャスターが真顔で読み上げていく。世界は平和になったはずなのに、平和じゃないんだなと私は他人事のようにそれらの事件を耳から耳へと流していく。もそもそと軽い食事を終え、食器を流しに持っていって洗い物。テレビから離れた上に水を流す音なんかで、テレビの声が耳に届かなくなった。それでも特に私は気にしない。どうせ私にとっては他人事なのだ。自分は恐ろしい事件なんかに絶対に巻き込まれないと信じきっているおめでたい人間なのだ。自分でも分かっている。でもどうしても嫌な事件に巻き込まれる自分を想像できないし、したくもない。ニュースで流れる数多くの恐ろしい事件にいちいち親身になって共感したり悲しんだりしていたら、身体がいくつあっても「もたない」と思う。ニュースをただの物語のように耳から耳へと流すのは、私の一種の防衛反応なのだ。結局人は自分が一番大事。見知らぬ他人が事件に巻き込まれようが事件を起そうが、自分の生活がその影響を受けることになんかなってはならないのだ。薄情かもしれないけれど、それが事実だと私は思っている、「あの事件、怖いね」と表面上は言いながらも、心の底ではでも自分は関係ないと思っている人は世間に大勢いるのだ。
そんなことを考えながら蛇口をひねって水を止め、洗い物を終えると、丁度キャスターが次の事件に話題を移したところだった。
『さて、次のニュースです。先日、首都トキヨの郊外で『白色地帯』が突然発生しました。付近の住民によりますと、一夜にして突然、何もかもが白くなってしまった模様です。建物から植物から全てが真っ白で、その地区に住む住民は忽然と姿を消してしまったようです。現在警察が総力を挙げて調査にあたっていますが、詳しいことはまだ何も分かっていません。情報が入り次第、詳しく……』
 ぽろりと手に持っていたタオルを取り落とした。シキが足元にやってきて不思議そうに私を見上げているのが分かる。だが、今はそれどころじゃなかった。私は更なる情報を求めてテレビ画面を食い入るように見つめたが、キャスターは無常にもさっさと次の話題に移ってしまった。ザッピングして、別の番組でも今の話題を扱っていないか調べてみる。どの番組でも丁度扱い終わったところなのか、それとも情報が入ってきていないのか、今の『白色地帯』とやらのことを問題にしている番組はなかった。仕方なくテレビを消してリモコンをベッドの上に放り投げる。シキが喜んで長い尾を振りながらベッドへとダイブし、リモコンで遊び始めた。それを軽くたしなめながら私は仕事に行く準備をする。気づけばもう時間は残されていなかった。慌てていまだに濡れている髪を乾かし、服を着替えて鏡の前で化粧をして、仕事に持っていく鞄に必要なものを詰めていく。さっきのニュースのことが頭から離れない。まさか今朝方見た非現実的な夢の内容と同じだなんて、そんなこと、ありうるのだろうか? 分からなかった。が、とにかく今は仕事に行かなくてはならない。私は無理矢理『白色地帯』のことを頭から振り払って、シキにいってきますを言って家を出た。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ