短編

□カノン・ジムノペディ
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私の方を見て欲しいよ、アキちゃん。私はずっと待っていたんだよ?そう思いはしても、そんなこと、アキちゃんに言うなんてできっこない。言わないからアキちゃんは私の願いに気づかないまま。そうしてアキちゃんはやっぱりうつ伏せになったまま言葉を宙に放ち続けるのだ。
「私は、真理子のことが大好きなの。だから、ついついたくさん話したくなるの」
言いながら少し、声の調子が乱れた。同時に空気も少し重たくなった。思い出したのだろう。その時の状況を今こうして話しているうちに、つらかった記憶がまざまざと蘇ってきたのだろう。胸がナイフで切り裂かれるような痛みを、か弱いアキちゃんはこらえているに違いない。ああ、私がその苦しみを代わりに受けられたならよかったのに。
「、私どうして、こんななんだろう」
でもアキちゃんはつらくても、私に打ち明けようとしてくれている。話すのを途中で止めたいという想いと、私に自分の心中を打ち明けたいという想いがきっと、今この瞬間、アキちゃんのか弱い身体のうちで闘っているのだろう。
アキちゃんは、これでも強くなった。前よりずっと。
「どうしてこんなに自分勝手なのかな。私、自分のことにばかりかまけて、人に思いやりを持てないんだ。だから、真理子が何か話し出そうとしているときに、真理子を遮って自分の意見を言おうとする」
脈絡を全く無視した説明だけれど、これは、落ち込んでいるときのアキちゃんの場合はいつものことであって決して珍しいことではない。慣れているから、私にはアキちゃんの今話している状況が何となく分かった。
要するに、真理子ちゃんに言われたことで、アキちゃんのデリケートな心は傷ついているのだ。
真理子ちゃんとはアキちゃんの友達で、恐らく、中学校で一番アキちゃんと仲のよい女の子だ。おっとりした優しい子で、勉強もそれなりにできるし優しいし、弟や妹がいるからだろうか、面倒見が非常によくてしっかりしている。そして忍耐強くて、滅多なことでは決して怒らない。文句も言わない。簡単に人を嫌ったり差別したりしない――そういう女の子だ。
彼女はアキちゃんとは気が合うらしくて、ほとんどいつもアキちゃんと一緒に行動しているらしい。家に帰ってきて、アキちゃんが私やお母さんに楽しそうに話すとき、たいてい真理子ちゃんの名前が出てくる。アキちゃんは真理子ちゃんが本当に好きなのだ。そして私がこっそり調査した限りでは、真理子ちゃんの方でもアキちゃんのことをかなり好いてくれているらしいことが分かった。
――アキちゃんの「特性」のことを知っているにもかかわらず――
だから私は、真理子ちゃんにはすごく感謝している。心の底から。
アキちゃんの持病は、今ではもうそれ程重いものではないのだ。病院から退院できているくらいだから。でも、この病気に対する世間の偏見は結構ひどいもので、アキちゃんもお母さんも、これまで何度も冷たい視線に晒されてきた。もちろん、医者や看護士など専門的な知識がある人は、流石にそんな誤解をしていることはない。でも、ちゃんとした理解が世間ではなされていないのが実情だ。それ故多少の誤解は仕方のないことには違いないのだけれど、それでもやっぱり悲しいものは悲しい。汚いものを見る目つきで見られることには、なかなか慣れることができないものだ。
世間がこの病気に対して冷たい態度を取るなかで、真理子ちゃんを含む数人の友だちは違った。彼女たちはアキちゃんのために、色々この病気について調べてくれて、学校で全校生徒の前でこの病気がそれ程危険なものではないということを講演したり、パンフレットを作成して駅前で無料で配布したり――他にも色々――本当に、親身になって尽くしてくれた。彼女たちがいなかったら、今のアキちゃんはなかったし、私たちもこれ程穏やかに暮らすことなんてとても出来なかっただろう。本当に、いくら感謝してもし切れないほど。
その真理子ちゃんに、「何でそんなに自己中なの」とアキちゃんは言われた。
それで、素直で純粋なアキちゃんは、きっとはっとしたのだ。滅多なことでは怒らない真理子ちゃんを怒らせるほど、自分は今まで身勝手なふるまいをしていたのか。真理子ちゃんを怒らせるなんて、余程のことだ。自分はなんて身勝手で、最低な人間なんだろう――まあそんなとこだろうか。
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