短編

□不思議生物理論
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 パニックになりかけた自分をなんとかなだめつつ、よくよく目を凝らせばきっと見つかるはずだと言い聞かせて、とりあえず最寄り駅までの道のりをたどってみることにした。身体はもう限界だよ頼むから休ませてくれとしきりに訴えかけてきたけれどその悲痛な叫びを無視して必死に鍵を探す。家から最寄り駅までは結構遠い。でも家から向かう分には比較的楽なのだ。坂道を下っていけばよいのだから。駅から家に再び向かうことを考えれば、気が重くなった。
 自分が歩いたあたりの所に視線をやりやり、はぁはぁ苦しげに息をしながらひたすら歩いた。ただでさえ歩くのが遅いのに、体調不良のせいでよけいに遅さに拍車がかかっていた。
 駅の周辺は流石に人目があるからせめて見苦しく思われないように気をひきしめて歩いたけれど、ちょっと気を抜けばすぐ今にも死にそうオーラが自分の内から漏れに漏れでて仕方なかった。たかが風邪くらいで大袈裟だとは分かっている。でも、普段風邪なんか引かない分、いざ引いてみると針小棒大に捉えてしまう。こればっかりはどうしようもない。
 苦労して家から駅までの長い道のりを往復したというのに、結局鍵は見つからなかった。
 再びなんとか我が家の前に戻ってきたはいいものの、鍵を持たない私にはただ呆然とする以外に成す術もなかった。もうこうなったら、誰かが帰ってくるのを待っている他ない。電話しようかとも思ったけれど、みんな忙しいのだ。授業中や仕事中に電話するのはやっぱりまずい。
帰ってくるのを待つといっても、その日は運悪くマーちゃんはサークルがあるから帰宅するのが遅くなる日だった。父さんはもちろん帰ってくるのは夜になる。母さんは・・帰りに買い物するから早くても六時になると言っていたっけ。
 勘弁してよ、と思った。私はお昼ご飯も食べずに帰ってきたのだ。腕時計をもっていなかったから正確な時間までは流石に覚えていなかったけれど、最初家に着いたときはまだ午後一時にもなっていなかった気がした。立っているのも座っているのもつらくて仕方がない、早く横になって風邪菌との戦いに備えたいというのに、あと何時間こうして外で待っていなくてはならないのか。考えるだけで気が遠くなりそうだった。こんなことなら、学校の保健室で休ませてもらえばよかった。何のために皆勤賞を泣く泣く諦めてまで早退したのだろう。自分の阿呆さ加減が嫌になった瞬間だった。
 かといって、今更学校まで戻る気力も体力もなかった。本当に身体が重たかったのだ。私は玄関の前の階段にそろそろと腰掛けた。誰かが家の前の道を通ったら、怪訝な目で見られそうだな、なんて考えがちらと頭を掠めたけど、そんなことどうでもよくなるくらいにしんどかった。
座ると疲れが余計に認識されて、瞼が重たく感じられた。うつらうつらとまどろみのなかに引き込まれそうになってははっとして目を瞬き、いかんいかんと頭をぶんぶん横に振る。そんな行為を何度か繰り返した。でも睡魔はますます攻撃力を増してくる。対して私の抵抗力はますます落ちてくる。そのうちに、睡魔の陰謀だろうか、どうせこれ程朦朧としている頭では暇つぶしに本を読むこともできないし、いっそここで座って寝てしまおうかな、という気になってきた。だから私は三角にたてた膝に腕を乗せ、その腕を枕代わりに顔を伏せるという、睡魔に対し白旗を掲げる行為を行った。睡魔はようやっと降参したか、と喜び勇んで弱りきった私に襲いかかってきた。すっかり疲れきっていた我が城があっけなく陥落したのは言うまでもない。
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