*宵の歌姫*

□捨てた思い出
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 コインを入れる人の波が途切れると、ミノリは再び歌おうとした。が、不意に視線に気づいて辺りをきょろきょろと見渡す。ミノリの方をじっと静かな瞳で見つめていたのは、一人の女性だった。顎のあたりで切りそろえられた黒髪が風に揺れ、大きな瞳がミノリの姿を映している。髪と同じ漆黒のワンピースを着た彼女は、物も言わずミノリに視線を向けていた。その視線の意味が分からず、ミノリは小首を傾げる。ミノリが反応したのを見てか、女性がミノリの元へと近づいてきた。途端ラキが警戒を強める。ミノリは彼を宥めるためにそっと抱き上げ、落ち着かせながら彼女が自分の元にやってくるのを待った。女性はピンヒールを鳴らしてミノリの前に立った。
「少し、貴女とお話したいのですが」
 女性は暗い表情で言った。その表情に、ミノリは女性が何かに苦しんでいることを悟る。相談に乗ってあげたい。見知らぬ女性なのに、何故だかミノリはそう感じた。いつの間にか頷いて答えていた。
「分かりました。あと四曲、歌ってからでもいいですか?」
 女性はもちろんです、と小声で呟いて小さく頷いた。そしてミノリから遠ざかり、少し離れたところで立ち止まって振り返る。ミノリの歌を最後まで聴くつもりなのだ。
 ミノリは不安そうなラキに微笑みかけ、彼をそっと地面に下ろした。そして再び腹の前で両手を組み、その小さな口から歌を紡ぎ出した。

 歌を歌い終えると、ミノリは女性と共に小さな喫茶店に入った。その場所は、女性が提案した場所だった。
 ミノリと女性は、壁際の丸テーブルに腰を落ち着けた。ラキは相変わらずミノリの肩に乗ったままである。ミノリの肩から、女性を警戒するような瞳でずっと見つめている。ミノリは彼を窘めたが、効果はなかった。終いにはミノリも諦め、まあ攻撃する気はないみたいだからと放っておくことにする。
 女性はコーヒーを、ミノリはミルクティーを注文した。窓を見やると、先ほどよりも雨脚が強くなっていた。魔法使いたちが魔法の力を強めたのだろう。女性に視線を戻すと、彼女は落ちつかなげにテーブルの上に置かれたお手拭をいじったり、水の入ったグラスをあおったりしていた。ミノリは彼女が何か話してくれるのを待ったが、女性は一向に口を開く素振りを見せない。どうやら、話しづらい内容のようだとミノリは思って、こちらから話を促すことにした。
「ところで、話って何ですか?」
 まどろっこしい言い方は嫌いなので単刀直入に尋ねる。時間がなくて急いでいるという訳ではなかったが、話すなら話すでさっさと本題にかかってほしかった。ミノリは短気な性格ではない。ただ、彼女の話が気になっているだけである。
 女性はミノリにそういわれても暫く迷っていたようだったが、やがて意を決したように真剣な表情になると、口を開いた。
「すみません。いきなりお話ししたいなんて言い出してしまって。どうか私に懺悔をさせてくださいませんか?」
「懺悔、ですか?」
 ミノリはきょとんとして女性を見つめた。その時、注文したものが運ばれてきた。ミノリの前に紅茶とミルクポットが置かれ、女性の前に小さなコーヒーカップが置かれる。女性は早速一口すすると、上品な仕草でカップを元の位置に戻した。カチャリと小さな音が鳴った。その音にミノリははっとして、自分も紅茶に口をつける。
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