*宵の歌姫*

□捨てた思い出
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 軽い朝食を済ませると、ミノリとラキは宿屋を出た。今日は残念ながら雨が降っているので、歌うなら屋根のあるところがいい。そう思って、原型のラキを肩に乗せたミノリは、傘を差して歩き出した。雨脚はそれ程強くはない。小雨程度の雨を傘で受け流しながら、ミノリはきょろきょろと辺りを見渡した。雨宿りできる屋根があって、なおかつ歌えそうなところはなかなかなかった。やはり駅で歌うしかないか。別に駅で歌うのが嫌だという訳ではない。ただ、最近どの町に行っても大抵駅で歌っていたので、気分転換にたまには変わった場所で歌ってみたかったのだ。だがこう雨が降っていては歌を聴いてくれる客も少ないだろうし、仕方ないだろう。ミノリは諦めて、昨日下調べしておいた駅の方角へと向かった。
 ミノリとラキは雨の多い町、ウゲツにやってきていた。ウゲツはミノリとラキが出会った町、キラからそう遠くは離れておらず、二日でたどり着くことができた。ウゲツでは飲み水を精製する産業が盛んである。だから、ウゲツという町の上空には、魔法で作り出した雨雲が常に待機しているのだ。それゆえにウゲツでは星空を仰ぐことはできなかった。星明りに頼ることはできないので、またランプ製造の盛んな町、キラと近いこともあり、ウゲツの町にはランプの光が溢れていた。
 ミノリは駅の階段を数段上がった。そして、屋根がかかって雨が遮られるところまで来ると、その場に荷物を下ろして準備を始める。ラキはミノリの邪魔にならないように肩から身軽に飛び降り、荷物の傍に立った。帽子を裏返して足元に置き、傘をたたむミノリをじっと見上げている。彼女はラキに微笑みかけた。大丈夫、怖くないよという思いを込めて。準備を終えると、ミノリは腹の前で両手を組んだ。歌うときのいつもの癖だ。そして息を大きく吸い込み、一瞬目を閉じた。空気はしっとりとした雨の香りがした。

 ごめんなさい ごめんなさい
 貴方にどうしても謝りたい
 今なら分かる 私が間違っていたと
 でもあの時は どうしようもなかったの
 ごめんなさい どうか許して

 ひとは誰でも間違いを犯すもの
 ひとは誰でも許しを与えることができるもの
 私は貴方を許せるかしら
 分からない
 けれど 今は心穏やかなの

 ミノリの歌声は、雨のなかを縫って道行く人々の心にたどり着いた。一人一人と足を止め、ミノリの歌に耳を澄ます。天使のようなその歌声は、傷ついた人々の心を癒していく。傷を修復し、温かいヴェールで覆う。自分は何もしていないのに、この歌を聴くと、人々はミノリによって自分の罪が少し許されたような気がしていた。歌い終わったミノリに拍手をし、人々がミノリの元に寄ってコインを帽子に投げ入れていく。ミノリはそんな人々一人一人に対して微笑みかけ、礼をいい、頭を下げた。人々の心に自分の歌が少しでも届けばいいとミノリは思っていたから、コインを入れてもらえるのは自分の歌が認められたような気がして嬉しかった。
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