*宵の歌姫*

□傷ついた光
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 身体中が痛い。動かそうとすると身体が重く、あちこちが悲鳴をあげる。起き上がろうとしてみたが、無理だった。精霊は仕方なく動くのを諦め、痛みに顔をしかめながらうっすらと目を開けた。
 最初はぼやけていたが、段々と視界がクリアになってくる。真っ白い天井と天井から釣り下がったランプが視界に入った。少し頭をずらして横を見る。わずかに開けられた窓から入ってくるそよ風。白いカーテンがゆらゆらと揺れている。暫くすると頭の下に枕が、自分の身体の上にはシーツがかけられていることに気づいた。ここは、どこだ。パニックに陥りそうになる自分を何とか宥め、冷静になって状況を分析しようとする。
「あ、目が覚めた?」
「!」
 精霊がはっとして頭を勢いよく左に向けた。途端身体中に走る激痛。痛みに思い切り顔をしかめながらも、精霊は思いのほか自分のすぐ傍にいた人間をまじまじと見つめた。その人間の少女は、微笑んで椅子に腰掛けている。精霊は小さく唸り声を上げた。
「あ、怖がらないで! 何もしないから」
 黒髪の少女は慌てたように言う。群青色の大きな瞳に、警戒心を露わにしている精霊の小さな姿が映っていた。
「よかったよ、目が覚めて。君、もう丸二日も眠っていたんだから」
 精霊は眉を顰めた。少女から離れようとするが身体が動かない。少女はそんな精霊をじっと見つめながら、話を続ける。優しげな微笑みは浮かんだままだ。
「あたしはミノリ。君、名前は何ていうの?」
 精霊はその質問には答えず、ただ少女をじっと見つめた。少女の瞳に映る自分は、包帯を全身に巻かれて情けなかった。恐怖の色が残る瞳で、精霊は少女を頭のてっぺんから見えるところまでじろじろと眺めまわす。少女からは危険なにおいはしなかったが、それは主人とて同じ事だった。いや、もう主人ではない。あの人は、自分を痛めつけて喜び、自分の反応を見て楽しんでいた。もう反応しなくなるとゴミでも捨てるかのような気軽さでぽいと自分を路地裏に捨てていった。そんな人間が主人だったのだ。そんな人間を、自分はこれまで信じていたのだった。
 人間は、そんな生き物だ。
 だから精霊は、目の前の少女の微笑みの裏にある何かを探ろうとしていた。この少女だって、何故今ここにいるのかはわからないが、自分を傷つけようとしているのかもしれない。どうやら今自分は病院にいるようだと判断できたが、病院にいるからといって自分の身が安全とは限らないと彼は思っていた。自分の身は自分で守らなければ。精霊は少女を睨みつけ、力を込めた。身体が再び悲鳴をあげたが、歯を食いしばって痛みに耐え、光を現出させた。
 ミノリは驚いたように突然目の前に現れた光の球を見つめていたが、その光が目もあけていられないくらい眩しく輝いたので、思わず目を瞑ってしまった。次に目を開けられるようになった頃には、ベッドはもぬけの殻になっていた。ミノリははっとして後ろを向く。ドアは閉じていた。続けて窓を見やると、先ほどよりも隙間が大きくなっている。ミノリはがたりと立ち上がって慌てて駆けだした。一階なので、きっとミノリの目くらましをしている間に窓から外に飛び出したに違いない。
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