*宵の歌姫*

□傷ついた光
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ランプが点いて約一時間が経過したとき、ランプの明かりがぱっと消えた。ミノリはさっと反応して立ち上がる。不安に締め付けられる胸を右手で押さえて、帽子を握り締めたまま手術室のドアが開かれるのをじっと待つ。一瞬とも永遠ともとれる時間が流れた。ミノリはじれったい思いでドアを見つめる。と、ドアが開かれた。中から出てきたのは、医者だった。眼鏡をかけた顔には疲れが色濃く表れていた。ミノリは不安になって声をかけた。
「先生! あの子は……大丈夫なんですか?」
 医者は呼ばれてやっとミノリの存在に気づいたように驚いた表情をする。が、すぐに疲れたように微笑んで、
「もう大丈夫です」と優しい声音で答えた。
 その言葉にほっとしたミノリはどさっと長いすに座り込む。おやおや、と医者がそんなミノリを微笑ましげに見つめていた。
「光の精霊は治癒能力が高いですからね。二週間も入院すれば、退院できるでしょう」
「本当ですか?」
 ミノリはぱっと笑顔を浮かべた。
「先生、ありがとうございます!」
 ミノリの満面の笑顔に医者はますます笑みを深めたが、ふと深刻な表情に戻って暗い声で言った。
「しかしあの精霊は貴女のペットですか?」
 ミノリはきょとんとする。一瞬首を傾げて、それからふるふると首を横に振る。
「路地裏で倒れているのを見つけたんです」
 ミノリの言葉と、ミノリの心底不思議そうな様子に、ミノリが嘘をついているのではないと判断したのだろう。医者は顎をなでさすりながら、険しい顔を作った。その様子に、ミノリは怪訝そうな表情を浮かべる。
「……どうしたんですか?」
 医者は頬を掻いて目を泳がせた。ミノリに言ってもよいものか、思案していることが窺い知れた。その様子に、何かあるのだとミノリは察する。言ってくださいと医者にせがみ、真摯な瞳を彼に向ける。医者は暫く口を開けたり閉じたりして迷いを見せていた。手術室のドアが再び開いて、移動式ベッドが何人かの医者や看護婦によって運ばれていく。そのベッドの上には、小さな身体がシーツをかけられて横たわっていた。それを医者の陰から一瞬見やってから、ミノリは再び医者に視線を向ける。運ばれていくベッドにちらと視線をやった医者は、ついに決心したように口を開いた。
「あの精霊、外傷がひどいんです」
 どうやら虐待を受けていたみたいですね。そう言った医者の顔には、苦しみや悔しさが垣間見えていた。
 ミノリは医者の言葉にショックを受け、一瞬思考が停止した。が、すぐに我に返って医者につめよる。
「虐待って……」
「最近、多いんですよ」
 医者が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「大人しい精霊を虐待しては捨てる人間が。光の精霊だけじゃありません。もうこの病院にも、何度も虐待を受けたらしい精霊たちが運ばれてきています」
 その多くが、発見されるのが遅くて命を落としているのです。医者の言葉が、ミノリの中に不穏な響きを持ってしみこんでいった。
「今回は貴女が早く発見してくださったおかげで一命を取り留めましたが、後少しでも発見が遅かったら、あの子の命はなかったでしょうね」
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