*宵の歌姫*

□傷ついた光
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 ミノリはランプ製造の盛んな町、キラにやってきていた。キラではランプだけでなく光球を作る産業も盛んである。光球とはランプに入れる光の球のことで、灯りの光源となるものだ。光球とランプは永遠に夜の続くこの世界での生活には欠かせない、必需品となっている。この町は、ランプと光球のおかげで経済状態も潤っていた。
光球は、光の精霊と魔法使いの協同作業によって作られる。だからこのキラという町には、あちこちに光の精霊たちの姿が見られた。黄色くて、人の肩の上に乗れるくらいの小さな身体を持った光の精霊たち。体長は三十レナといったところか。翼のような形をしている長い耳を下に垂らし、黒いつぶらな瞳はくりくりとしていて愛らしい。短い手足で人の肩にしっかりとしがみついている姿を見ると、ミノリの心も和んだ。
光の精霊は、その外見の愛らしさと穏やかな性質から、愛玩精霊としても人気である。だから光の精霊を連れている人間が魔法使いだとは限らない。キラでは何処へ行っても、光の精霊を連れている人間を見かけた。それを見ていて、最初のうちは心が和んでいたミノリだったが、段々と表情に陰りが見えてくる。精霊を見ていると、種族は違えど宵風のことが思い出された。ミノリは頭をぶんぶんと振って、宵風のことを頭から追い出そうとした。
今日はどこで歌を歌おう。鞄の紐を握り締め、辺りをきょろきょろと見回していると、路地裏に何かが落ちているのが視界に入った。不思議と気になってそちらに近づいていってみる。黄色い何かだ。何だろう。タオルか何かだろうか。やけに気になって傍に行って見てみると、それは一体の光の精霊だった。ミノリははっとして傍に屈みこみ、抱き上げる。その精霊はあちこち傷だらけで、ところどころ出血していた。硬く閉じられたその目はまるで死んでいるかのようである。ミノリはすっかり青ざめて暫く呆然としてその精霊を抱いていたが、はっと我に返ると、勢いよく立ち上がって走り出した。早く病院に連れていかなければ。そのことで頭が一杯になった。道を歩いていた一人の青年に精霊病院の場所を尋ねる。ミノリのその切羽詰った様子と、ミノリの腕のなかでぐったりとしている精霊とを交互に見やり、青年は丁寧に病院までの道のりを教えてくれた。彼の肩では、一体の光の精霊が心配そうにミノリの腕のなかを見つめていた。ミノリは青年に礼を言って、慌てて走り出す。途中一度道を間違えたが、また別の人に道順を尋ねて、何とか無事に病院にたどり着くことができた。
ミノリは受付で腕のなかの精霊を受付担当の女性に見せる。女性はその精霊の様子を見ると、すぐさま真剣な表情になって救急措置をとってくれた。ミノリから精霊を受け取ると、すぐに手術室へと運んでいく。手術中ということを示す赤いランプがぱっと点いた。ミノリは手術室の近くに設置されていた長いすに腰掛け、脱いだ帽子をぎゅっと握り締めて手術が終わるのを待つ。今日はもう歌うどころではなかった。手術代などは、暫く野宿をすれば何とかなるだろう。今はそれより、あの精霊が助かるかどうか。それが重要だ。ミノリは祈るような思いで、赤いランプを見つめていた。
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