短編

□おにゃんこ様
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「それはだな」とおにゃんこ様。「さっちゃんが、我にそう言ったのだよ。我は人間によって任命されたのだ。だから我はおにゃんこ様なのだ」
「さっちゃん?」
 どこかで聞いたことのある名前を耳にして、カラスは首をかしげた。
「我に食事をもってきてくれる、優しい子だ」とおにゃんこ様は答えてにんまりと笑った。
もしかして、とカラスは考える。もしかして、さっちゃんってあの子か。赤くて四角い鞄を背中に背負って、黄色い帽子を頭に被り、毎朝ガッコウとやらに通っている、あの小さな人間。まだ分別もなさそうな、未熟者。確か、他の人間にさっちゃんと呼ばれていたような気がする。こいつは、そんな人間に言われたからってだけで、自分を身分のある者だと思い込んでいるのか。
 なんておめでたい奴。
カラスはこれ程呆れたことはいまだかつてなかった。
ぶにゃあ、とおにゃんこ様が鳴いたので、カラスは思考を中断させた。
「主を無視して思索に耽るとはいい度胸であるな」
「だから、お前の下僕になった覚えなんてないって」
「だから、我がお前を下僕としたのだから、お前は我の下僕なのだよ」
少しばかりいらついた様子を見せながらおにゃんこ様が言った。「何度も言わせるでない」
それはこっちの台詞だ、とカラスは心の内で毒づいた。誰が好き好んでこんな奴の下僕になどなるものか。俺は俺だ。こんなアホウな奴の下僕でもなんでもない、自由に生きる誇り高きカラス様だ。こんな奴に構っている時間が勿体ない。早く立ち去る方がいいだろう。そう思ってカラスは翼を広げた。
「待て、どこに行くつもりだ」
 気づいたおにゃんこ様が慌てて言った。
「行くでない。我のもとにおるのだ」
誰がこんな奴の言うことを聞くものか。カラスはばさりと翼をはばたかせて飛び立とう、とした、はずだった。
「な、何だ? どういうことだ? 」
カラスは驚いて思わず声をあげた。足が今立っている場所と接着剤でくっつけられたかのように、びくとも動かないのだ。
これは、どういうことだ。
いくら羽ばたいてみても、動けない。足だけがまるで言うことを聞かない。自分の身体でなくなってしまったかのようだ。
「ふむ、ちゃんと言うことを聞いたようだな。身体は実に忠実だ」
 とおにゃんこ様は満足げに頷きながら言う。羽ばたくのを諦めたカラスは訳が分からず、おにゃんこ様を困惑した目で見やる。これは、こいつのせいなのだろうか、という考えが聡明なカラスの頭を掠め始めていたのだ。こいつは、何か妖術を使うのかもしれない。
「さて、お主が大人しく我の言うことを聞く気になったところで」
 おにゃんこ様は勝手に話を進めているが、カラスは言うことを聞く気になった訳では断じてない。ただ、身体だけがおにゃんこ様の言葉に従っているまでだ。これは、自由を生きてきた頭の良いカラスにとってかなり屈辱的なことだった。しかしそんなことはおにゃんこ様にとっては関係ないこと。
「我がお前のような鳥を下僕にしようと思ったのには、ちゃんと訳があるのだ」
 訳などどうだってよかったが、とりあえずここはおにゃんこ様の言うことを聞いておくべきかもしれない。カラスは思った。大人しく素直に言うことを聞いていれば、それだけ早く解放されるかもしれないし、たとえこいつに自分を解放する気がなかったとしても、従順なふりをして隙を見つけて逃げることができるかもしれない。
「訳ってなんだ」
「まずはその口の利き方を改めろと言いたいところだが……、いいだろう。我は心が広いからな。特別に大目にみてやることにしよう」
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