短編

□おにゃんこ様
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 カラスは困りに困って、試しにアホウ、と一声鳴いてみた。こういう時程、自分の鳴き声をありがたく思えることはないだろう。まさに、今自分が口にしたい言葉だったのだから。カラスの一声を聴くと、猫はお返しといわんばかりに、ぶにゃあ、と鳴いた。
 ぶにゃあ、だって、とカラスは内心思った。なんて間抜けな鳴き声なんだ。外見にぴったりだ。猫というのは、太ったらこんなにも間抜けな声が出せるものなのか。そう思うと、今まで行動をとりかねていた自分が何だか情けなくなってきた。自分は、こんなどうでもいいやつに対してなんの対処もできないでいたのか。たかが、肥満の猫一匹じゃないか。こんなことでひるんでいてはカラスの名が廃る。カラス仲間にはメタボの奴など一羽もいないし、ぶにゃあ、なんてアホ丸出しの鳴き声を上げる奴なんてこれまた一羽だっていない。全く、猫など恐れるに足りん。自分はなんて愚かだったのだ。強行突破すれば済む話ではないか。自分がそちらに飛び移ろうという素振りを見せたら、このお間抜けな肥満猫は慌てて逃げていくに違いない。このカラス様が猫ごときに負けるはずなどないのだ、とカラスは猫の鳴き声を聞いてから急に洪水のごとく自信が胸のうちにあふれ出し、今なら何でもできる気になっていた。そこで、行動に移すことにした。
 低いトタン屋根の上を一歩二歩と飛び跳ね、さあいざ猫の方へと飛び移ろうとしたその時だった。
「そこの者、止まれい。我はおにゃんこ様であるぞ。無礼な振る舞いはするでない」
 いきなりメタボ猫が横柄に声をあげたので、カラスはびっくりして飛び移ろうとしたバランスの悪い姿勢のまま動きを止めてしまった。
 なんだ、今の声は。いや、目の前の猫の声だということは言われるまでもなく分かっている。しかし、なんだ、今の声の横柄さは。なんだ、おにゃんこ様とは。カラスは、突然のことに動揺して、アホウとすら鳴けないでいた。
「うむ、よろしい。止まったな。それでこそ我が下僕」
 下僕だって!いつの間に自分はこいつの下僕になったのだ。
「なんだ、いきなり。ひと……じゃなかった、カラスのことを下僕だとか言いやがって。俺がいつ、どこでお前の下僕になったというのだ」
「今、ここでなったのだ」とおにゃんこ様。「我がそう決めたのだからな。お前は正真正銘、我の下僕だ」
 アホウだ。カラスは思った。こいつは、間違いなくアホウだ。
「何故、お前が決めたからって理由だけで、俺がお前の下僕にならなくちゃならないんだ」
「こら、口の利き方に気をつけろ」おにゃんこ様が憤慨して言った。「我は偉大なるおにゃんこ様であるぞ。身分をわきまえるんだな、下僕の分際で」
 カラスは頭にきた。
「だから、どうして俺がお前の下僕にならなくちゃならないんだ。お前はただの猫だろう」
「我はおにゃんこ様である。猫のなかの猫。動物のなかの動物の王者。偉大なるおにゃんこ様の決定には、何匹たりとも逆らえないのであーる」
 やっぱり、アホウだ。とまたカラスは思った。こいつはどっからどう見ても、誰が見てもアホウでしかない。
「仮に、おにゃんこ様という存在があったとして」カラスはすっかりあきれ返って言った。「どうしてお前がおにゃんこ様だってことになるんだ」
これを聞くと、おにゃんこ様はよく聞いてくれたと言わんばかりに胸をそらして、ふん、とわざとらしく息を吐いた。あんまり横柄に胸をそらしたものだから、バランスを崩して塀から落ちそうになった。しかし慌てて塀に四本の足の爪をしっかと引っ掛けたので、何とか落ちずに済んだ。
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