短編

□ダレカ
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 そう言ったきり、ニキは黙り込んでしまった。僕は何も言うことが思い付かなかったから、とりあえず彼女の小さな頭をそっと撫でてみた。ニキは俯いて、何の反応も示さなかった。涙を流すこともしなかった。
ニキは、自分という存在を憎んでいた。恥じていた。
人の笑み、喜びを喰らうことで自身を存続させる生き物、笑鬼。自分が生きるために、代わりに誰かを不幸にせねばならない哀れな生き物。それが、ニキだった。
神は、何故こんな生き物をこの世に送り出したのか?
笑鬼という生物をこの世に送り出すことで、この世に何か利益が生まれるとでもいうのか?
きっと、ニキの存在を知ったひとの多くがこう思うことだろう。僕自身、そう思っている。
つまり、僕にもその問いに対する答えはわからないのだ。
ただ、僕はニキを愛している。それだけは真実だった。確かにニキは生きるために誰かを不幸にせねばならないし、必要に迫られてのことでなくて、不必要に他人を不幸に陥れることも多々あったけれど、それでも僕は、不条理の塊のような存在である彼女を愛していた。
だけれど、ニキ自身がニキを愛していなかった。いや、愛していたからこそ自身を憎んでいた。
僕はそれが悲しかった。ニキに、ニキ自身を素直に愛してほしかった。しかし僕は僕であってニキではないから、いくらニキに諭したところでニキ自身が自分で気づかなければ、ニキは自分を本当に純粋に愛することはできないのだ。それが分かっていたから、なおさら歯がゆかった。僕にはどうすることもできない。僕にはちからはあるけれど、それを愛する生き物に行使することはできないのだ。僕にできるのは、ただ、ニキのことをそっと見守ることだけ。
次の日も、ニキは落ち込んでいた。
 どうしたの、と尋ねても、ニキは力なく首を横に振るだけで、すっかり肩を落としてブランコに腰掛けていた。そのブランコはニキの特等席なのだ。
「ニキ、話してごらん。僕でよければ、愚痴でも何でも聞くからさ」
 そう声をかけても、ニキはやっぱり首を横に振るだけで僕の方を見向きもしなかった。勝手でわがままなやつだと内心思わなくもなかったけれど、ニキは今、自分のことで手一杯なのだから仕方がないのだろう。僕はとりあえず彼女の傍らに立って、山の向こうに沈み行く朱色の球を眺めていた。その球は、ニキの顔を朱く染め上げていた。まるで、彼女を追い立てるかのような激しい色に、僕には見えた。彼女は何かに追い立てられているのかもしれない。
 沈黙のまま一時間が過ぎた。
 辺りはすっかり暗くなって、人通りも全くなかった。街灯がぼんやりと頼りなく辺りを照らしているが、それが逆に不気味だった。眠くてやる気が出ないのかもしれない。たった二人のために、明るく照らすなんて労力の無駄遣いだとでも思っているのだろうか。
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