短編

□ツバサの日記
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×月二十日

 今日家に帰ったら、ロウがぼくに「おかえり」って言った。どうやら僕が学校に行っている間に、父さんがロウに日本語を教えているらしい。この家に連れてきた日から、いやもしかしたら現地で出会ったときから、父さんはロウに日本語を教え続けているようだ。飽きっぽい父さんにしては、根気強く頑張っていると思う。このまま頑張って教え続けてくれたら、いつかロウが日本語をちゃんと使いこなす日が来るかもしれない。そんな日が来てくれるのが楽しみだ。


 ×月二十七日

 母さんが実家から帰ってきた。
 最初ロウを見たときはすごくびっくりしていたし、ぼくがいるのに何で男の子を連れて帰ってくるのか、って父さんを叱っていた。父さんは、別に二人ともまだ小さいんだし、問題ないだろ、なんて言って飄々としていたから、何の効果もなかったけど。ぼくとしては、ロウが男の子だということよりも、父さんが人間を連れて帰ってきたことの方がずっとずっと深刻な問題だと思うけど、母さんは怒りのあまりそこまで頭がまわらなかったようだ。母さんが怒鳴っている間、ロウは怖がって二階の部屋の隅で小さくちぢこまっていた。
 ぼくはとりあえず母さんを落ち着かせた。暫く怒鳴ったら、母さんも父さんには何を言っても無駄だってことを思い出したみたいだった。紅茶を淹れて飲んで、一息ついてから、ぼくは改めて母さんにロウを紹介した。ロウは最初怖がっていたし、母さんも困ったような顔をしていたけど、ロウには何の罪もないと思ったようで、母さんは渋々ロウの滞在を認めてくれた。よかった。この家を追い出されたら、ロウは行くところがないから。母さんもロウと仲良くなったらいいのにな。


 ×月二十九日

 ロウはすっごく賢いと思う。だって、驚くほどのスピードで日本語を吸収していっているから。まだたどたどしいけれど、三つくらいの単語を並べて意志疎通することができるようになってきた。ずっと日本で生まれ育って、ちゃんとした教育を受けていたら、学者にでもなれたんじゃないかな。いや、今からでも遅くないか。まだ子どもなんだし。
 母さんもどうやらロウを気に入ったみたい。ほっとした。家に帰ったら険悪なムードが漂っているなんて、止めて欲しいからね。
 最近、ロウがぼくの名前を連呼してくるようになった。ツバサって、そんなに言いやすいのかな。言って楽しいもんなのだろうか。ツバサって言って、ぼくが何って振り向いたら、すっごく嬉しそうに笑うんだ。
この間までは表情なんてものないんじゃないかって思ってたけど、ロウは昨日から笑顔を浮かべるようになった。びっくりした。初めてロウの笑顔を見たときは。だって、すっごくいい笑顔だったんだよ。すっごく綺麗な笑顔だったんだよ。まるでひまわりが咲いたみたい。


△月三日

今日、ロウがぼくに「すき」って言った。
あんまり驚いてしまって思わず固まっちゃったけど、ロウは父さんにも母さんにも「すき」って言ってたから、意味をちゃんと分かっていないか、恋愛方面のことを理解していないかのどっちかだと思う。驚かさないで欲しいな、まったく。
好きって言われるのは、悪い気はしないけど。
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