短編

□ツバサの日記
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×月十一日

 ついに父さんが帰ってきた。学校から帰ってきたら、リビングのソファに座ってのんびりしていたから、びっくりした。髭と髪がぼうぼうに伸びていること以外は、特に外見上変わったところはなかった。
 今回家を空けていた期間は約四ヶ月。今までのことを考えると、短い方だ。うん、短い。短くても、父さんは今回もやっぱり、「おみやげ」と一緒に帰ってきた。これまでの経験から、大抵の変なものには大分免疫がついてきたぼくだったけれど、今回ばっかりは流石に度肝を抜かれたね。
 なんたって、今回父さんが持ち帰ってきたのは、人間だったんだから。空港のケンエツとかいうやつに引っかからなかったのかな。そもそも、勝手に人間を連れ帰ったりして大丈夫なんだろうか。パスポートとかどうしたんだろう。そのあたりのことを問いただしても、はぐらかされてばかりで答えてくれないから、謎だ。

 父さんが連れ帰ってきたのは、ぼくと同じくらいの年頃の男の子だった。肌は褐色で髪の毛はぼさぼさで、ぼくより少しだけ背が高くて、それで身につけているのは父さんのおさがりのぶかぶかのズボンだけで。上半身は裸。ぼくがTシャツか何かを着せてあげようとしたら、唸り声をあげて威嚇された。ぼく悪いことしてないのに。何だか嫌な感じだ。父さんはこの子をどうするつもりなんだろう。


 ×月十二日

 男の子の名前はロウだよって、今日父さんが唐突にぼくに言った。それから、これからは一緒にこの家で暮らすのだから仲良くするようにとも言った。またいきなり勝手なことを言う。人の気持ちも全部無視しちゃって。そういえばぼくの父さんは昔からこんな人だった。今更口答えなんかしても無駄だから、何も言い返さなかった。
 ロウの名付け親は、どうやら父さんらしい。なんでロウって名前にしたのって聞いたら、どうやらロウと出会ったとき、父さんの目にはロウが狼たちとコミュニケーションをとっているように見えたかららしい。つまり、ロウを漢字で書くと狼になるわけだ。ロウは先住民の村に住んでいたらしいから、べつに狼少年というわけではないみたい。でも狼と意思疎通できるって本当かな。気になる。近所に、狼みたいな大型犬を飼っているお姉さんがいるから、今度頼んで試してみよう。


 ×月十八日

 ぼくは、ロウと仲良くなれているんだろうか。まだ出会って一週間しか経ってないから、仲良くなれていなくても当然のことだけど、やっぱり一つ屋根の下で一緒に暮らしているんだから、仲良くなりたいと思う。だって、仲悪い人と四六時中顔合わせなきゃなんないなんて、嫌だし。
 ロウは、たまに訳の分からない言葉を話したりするけど、普段は無口だ。言葉が通じないって分かっているからかな。無言のままで、ぼくや父さんの背中にくっつくように、後ろをとことこついてくる。ぼくや父さんが歩けばロウも歩く。ぼくや父さんが止まればロウも止まる。鳥の親になった気分だ。刷り込みっていうんだっけ? 初めて見た動くものを、自分の親だと思い込むってやつ。あれに似ている。なんだかちょっと面白い。実を言うと、最初はうざったかったんだけどね。
 向こうが大人しいのをいいことに、ロウを至近距離からじっと観察してみた。じっと見つめても、ロウは何にも文句を言わないし、嫌そうな素振りも全く見せない。視線から逃れようとすることもない。ただ、ぼくのことをぼくと同じように見つめ返してくるだけ。やろうと思えば、何時間だって睨めっこしていられると思う。ま、僕の方が疲れてくるからやったことないけどね。
 じっと観察してみて分かったことだけれど、ロウの瞳はすごく綺麗だった。
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