短編

□白色世界
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 夢を見た。夢だって、分かってた。
真っ白な世界で、私とシキの二人だけがいた。
他には誰もいなくて。私とシキ以外、建物も乗り物も植物も何もかも全てが真っ白で。白以外の色を持っているのは私とシキだけで。どこまで行っても、白、白、白。目がくらんでしまいそうな純白。恐怖さえ感じさせる、汚れなき色。
 怖くなって私はシキを振り返った。これはどういうこと。世界に一体、何が起こったの、って問いかけるために。シキなら何か知っているような気がしたのだ。
 そしたらシキはふんわりと微笑んだ。私の瞳に恐怖の色を見てとったのだろう。いつの間にか私よりも大きくなったシキは、私を安心させるかのように私の肩に両手を置いた。大丈夫。何も怖くないよ、って彼の金色の瞳は言っていた。金色のなかに小さな私が映っていた。
 そこで私は目が覚めた。
 目が覚めて暫くは、一体自分がどこにいるのか分からなかった。真っ白な天井が目に飛び込んできて、自分はまだ白の世界に囚われたままなのかと恐怖を覚えた。嫌な汗をかいていた。
 横になったまま慌てて右を向くと、茶色い窓枠とクリームイエロー地のカーテンが目に映った。それを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。よかった。まだ白以外の色は存在していた。滅んでなかった。世界はまだ正常だ。心臓がまるで喉もとまでせりあがってきたみたいにうるさかった。
 そこまで考えて、そういえばあの白の世界はただの夢だったのだと漸く思い出した。何本気で焦っていたのだろう。恐怖を感じていたのだろう。馬鹿みたいだ。ただの夢なんだから。私は苦笑しながら上半身を起こした。まるで自分も身体の一部だと主張するかのように、汗で寝間着が身体にべったり張り付いていて、気持ち悪かった。シャワーを浴びたい。この汗を、何故か胸に巣食う嫌な気持ちと一緒にきれいさっぱり洗い流してしまいたい。なるべく音を立てないように、そろりそろりとベッドから這い出た。隣ですやすやと穏やかに眠る彼を起こさないように。
床に足を下ろした。足裏に伝わるひんやりとした感触がほてった身体に心地好い。身体を冷ますまではいかなくても、少し落ち着いた。
 立ち上がって伸びをした。横目で小さく寝息をたてている彼を見ながら。薄紅色の鱗がカーテンの隙間から侵入してきた朝の日差しを浴びてきらきらと輝いていた。時折尖った翼がぴくぴくと思い出したように動いている。しなやかな身体が今は見事に丸まっている。長い尾を抱きこむようにして、彼は目を閉じていた。気がついたら微笑んでいた。いつの間にか嫌な気持ちはすっかり消え去っていた。
 私はシキと二人で暮らしている。両親はいない。ずっと一人ぼっちだった私の元に、ある日突然シキがやってきた。周りの人々は、一人と一匹だと言うけど、私は断固として二人だと主張している。
シキは薄紅色の綺麗な鱗をその身にまとった美しい小さなドラゴンだ。金色の瞳は零れ落ちそうなほど大きく、真紅の翼はまるでルビーを伸ばして平らにしたかのよう。長い尻尾は彼の感情を正確に表し、しなやかな身体は猫のようだ。測ったことはないが、体長は約五十センチといったところか。抱いてみると意外にずっしりと重い。
髪が濡れたまま浴室から出ると、シキが起きていた。ベッドの上で大きく伸びをしている。おはようと声をかけたらにっこり笑った。金色の瞳が細められている。
「お腹すいた? ご飯食べる?」
 そう尋ねると、くぅと鳴いた。肯定のトーンだった。私はシキの食事を用意するため机の引き出しのなかを開ける。中には色鉛筆やらインクやら絵の具やらが所狭しと入っていた。いくつかインクや絵の具を取り出してシキのところに持っていく。これがシキの食事。シキは私の手の中のものを見て嬉しそうに舌鼓を打った。
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