短編

□不思議生物理論
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 ある日私は一人で困り果てていた。同じことだけれど、すっかり途方にくれていた。
 家の前で眉間に皺を寄せながらどうすることもできずに立ち尽くし、それから仕方なしに家の周囲の地面に視線を落としながら何往復もして、そしてまた家のドアの前に戻ってきては眉間に皺を寄せて立ち尽くす。そんな行為を、まるでそれが遂行せねばならぬ自分の義務であるとでもいうようにひたすら繰り返していた。傍目から見れば非常に怪しい行動に思えたであろうことはほぼ疑いようもない。私のことを知らぬ人が見れば、制服着て変装までしている変わった空き巣に見えたかもしれない。幸い、その時は平日の昼時で人目がまったくなかったから、私の怪しい行動を目撃される危険性は低かった。ご近所さんは皆忙しい人たちばかりで、この辺りは昼時ほとんど無人地帯となるのだ。
 平日の昼時なのにどうして私は家の前にいたのかといえば、理由は単純。体調不良で早退したのだ。あの日は朝から微熱があるような気がしていたのだけれど、まさかあんなに症状がひどくなるとは思ってもいなかった。大丈夫大丈夫と思ってはいた。しかしそれは過信だった。学校に着いた途端本格的に体の具合が悪くなりだした。自分ではそれに気づいていて気がついていないふりをしていたのだけれど、仲の良い友人の一人、東堂入依に「おまえ風邪引いているだろう」と指摘され、私の意志など関係なしに強制的に保健室に連行されてしまった。熱を測ってみると、三十八度を超えていた。滅多に風邪を引かず、しかも常に三十五度代の低体温を維持している私にとってはかなりの高熱である。確かに頭は靄がかかったように朦朧としていて身体もひどくだるかった。それでも私は皆勤賞を狙っていたから、早退だけは勘弁してくれと必死に抵抗した。ただの風邪だから何ともないと。でも必死の抵抗空しく、入依嬢によって早退届けを提出させられる羽目になった。彼女は強情なのだ。私の父さんも強情だけれど、父さんとはまたベクトルが違うしレベルも比べものにならない。一度こうと決めた彼女に逆らえる者など恐らくこの世にはいないだろう。もしいたとしても、私はいまだかつてそういう人に出会ったことがない。そんなこんなで私は泣く泣く皆勤賞を諦め早退することとなった。
 兄のまーちゃんはもちろん学校に行っている時間帯だし、父さんも仕事で会社、母さんもパートの仕事に出ているはずだったから、家には誰もいなかった。だから私はだるい身体に鞭打って一人で片道一時間半の帰路を辿ったわけだ。なかなか身体に厳しい道のりだった。
家の前に辿りついたときは、ようやく着いたと本当に安堵した。果てしなく長い旅路を歩んできたように思われた。その時の私は本当に疲れきっていたから、早く家のなかに入ってベッドに横になりたくて仕方がなかった。家に入るには鍵が必要だ。だから私はいつものようにポーチから鍵を取り出そうとした。
 でも、そうとした、で終わった。
 ん? と頭が一瞬真っ白になったけれど、いやいやそんなはずはともう一度くまなくポーチのなかをまさぐった。それでも私は家に入るための必要十分条件を満たすことができなかった。鍵は見つからなかったのだ。
 まさか、と思ってもう一度ポーチの中をがさごそと探る。やっぱりない。もしや、と思って鞄のポケットも捜索する。ここにもない。鍵を入れるとしたらこの二箇所ぐらいしか思い浮かばない。他には特に鍵のような大事なものを保管できそうなところなどないから。なら何故その二箇所に鍵がないのか。一体ブツはどこにあるのか。朦朧とする頭で私は必死に考えた。
 こうなったら考えられることはただ一つ――帰り道の何処かで落としたのだ。
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