*宵の歌姫*

□傷ついた光
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 部屋の窓を開けて、ミノリは窓から顔を突き出した。途端入ってくる風がミノリの漆黒の長い黒髪を弄ぶ。ミノリは群青色の瞳に道行く人々の姿を映して、窓枠に肘をついた。そして物思いに耽る。強風が吹いて、ミノリの被っていた水色のキャスケット帽を吹き飛ばした。帽子は部屋の中に落ちる。が、ミノリは別に気にした風もなく、ぼんやりと人通りの多い道を見下ろしている。その顔はどこか暗かった。
 彼女は宵風のことを考えていたのだった。ついこの間まで一緒にいた狐。いつも彼女のことを気遣い、守ってくれた優しい狐。フォルの森で別れを告げた、大切な旅仲間。彼には、フォルの森に家族がいた。母親と弟と妹。父親はいなかったが、幸せそうな家族だった。傍から見ていると、吐き気がしてくるくらいに。思い出してミノリは渋い表情を作った。一緒に旅を続けていて、相手のことを家族だと思っていたのは、ミノリだけだったのだろうか。ずっと宵風は、ミノリが自分のことを家族だと言う度に、おめでたい奴だと思っていたのだろうか。分からない。
 ミノリは家族といるときの彼の幸せそうな様子を見ているのがつらくなって、ほとんど衝動的に彼を家族の元へと置いてきてしまった。彼らが出かけている間に、彼らの家を後にした。置手紙を残して。宵風は置手紙をちゃんと読んでくれただろうか。今頃彼はどんな想いでいるのだろうか。
 彼は、自分を追いかけてきてくれるだろうか。
 ミノリは頭をぶるぶると大きく横に振って、よくない考えを頭から追い出そうとした。それでもよくない考えは頭にこびりついて離れないので、頬をぱんぱんと二度叩いて宙を睨みつける。
「今は家族とゆっくりさせてあげなきゃ」
 ミノリはうんうんと自分の言葉に大きく頷いた。
「あたしを追いかけてこようがこまいが、それは宵風の自由だ。宵風を縛り付ける権利なんて、あたしにはない」
 聞き分けの悪い自分に言い聞かせるように言って、ミノリは窓を閉めた。部屋のなかを吹き抜けていた風がぴたりとやむ。振り返って、床に落ちていた愛用の帽子を拾い上げる。つばを少し斜めに向けて、深く被った。ベッドの傍に置いてあった鞄を拾い上げ、肩から斜めにかける。鞄はミノリの華奢な肩にはずしりと重く、地面に押し付けられているような感覚がした。
「よし、歌いに行こう」
 わざわざ声に出して言わなければ、歌いに行く気が起きなかった。またもや自分の言葉に大きく頷き、ミノリは宿屋の部屋を後にした。
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