短編

□おにゃんこ様
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カラスは困っていた。
 何故なら、今丁度自分がそちらに飛び移ろうとしていた塀の上に、一匹の野良猫がどこからともなく出現したからだ。それは白地に茶色と黒のぶち模様のある猫だった。あちこちで餌をもらっているのか、身体はまん丸に太っていて重そうだ。先程塀の上に飛び乗った時も、しぐさがひどく不恰好だった。見た目はかわいいとは決していえないのに、人間はこんな猫にも情が湧いて何かしら食べ物をやるのだろうか。自分たちカラスには餌のひとつも分けてくれないというのに。分けてくれないどころか、人間は自分たちを追い払おうとする。もういらないと捨ててある食べ物を少しもらおうとしただけなのに、それでも人間たちは自分たちを追い立てる。自分たちが食べることで、少しでもゴミが減って人間としても好都合であるはずなのに。人間は自分たちカラスを嫌がって、ゴミ捨て場にカラスが来ないよう、網を張ったり色のついた袋にゴミをつめたりと工夫を凝らす。そこまで嫌がられるようなことをした覚えは、カラスの方には全くないのだが、人間は何かとカラスに悪印象を抱いているようで、困ったものだ。こちらとしては是非とも人間さまと仲良くしたいのだが。
 それはともかく。今は人間ではなく、目の前にいる猫のことで自分は困っているのだった。
 でっぷり太った猫も、こちらを見てじっとしている。身体が重くて機敏には動けないらしい。じっとしたままだ。不恰好に何とか狭い塀に収まってはいるが、少しでもバランスを崩したらあっという間に地に落ちてしまうだろう。それくらい危なっかしい座り方をしていた。

 さて、どうするか。カラスは猫から視線を逸らさずに考えた。
 このままじっとしている訳にはいかない。かといって、すぐさま飛び立つというのもプライドが許さない。今自分がいる場所から飛び立つということはそのまま、目の前にいるでぶっちょの猫に対して白旗を掲げることになるからだ。それだけは嫌だ。こんなのろまそうな猫に対して下手に出るなと、絶対にできない。かといって、猫のいるところに強引に飛び移る勇気もまたカラスにはない。猫は猫でこちらをじっと見つめたまま動かない。あちらも自分を警戒しているのだろうか、とカラスは考える。一体、脳内ではどんな戦略を立てているのか。脅して自分を遠ざけるか、はたまた自分から退散するか。後者はまずありえないだろう、とカラスはまた思う。外見の割りにはプライドの高そうな目つきをしているのだ。いや、猫というのは総じてプライドの高いものだという思い込みがこのカラスにはあったのかもしれないが。
 兎に角、小さな冷戦状態が小さな町の小さな一角で繰り広げられていた。傍から見れば、どうということもない、小さな小さな出来事ではあるが、この両者にとっては――少なくともカラスにとっては――平和な日常に突如として紛れ込んできた危機であるのだった。
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