短編

□桜の下で
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 これって、デートっていうのかな。
 大学構内にある桜並木を二人でぶらぶらと歩きながら、小夜は思った。本日五度目の自問だった。答えは未だに出ていなかった。
 ちらりと隣を歩く笹原の様子を窺う。彼は頭上の桜を見上げて、少し口角を上げながらのんびりと歩いていた。小夜が見ていることに気づいた様子はこれっぽっちもない。彼は完全に自分の世界に入っていた。
 暫く二人は無言で歩いていた。時折吹く強風によって、桜の花びらが儚く散っていく。花びらは、何の躊躇いもなく風の誘いに乗って慣れ親しんだ枝から離れ、地へと優雅に舞い降りる。その様はまるで桃色の小さな妖精のようだった。何の不安も、何の物思いも持たない無邪気な妖精。小夜は何となく桜の花びらが羨ましくなって、目を細めて風に乗って舞い散る薄っぺらい花びらの嵐を見つめた。
 ちらり。もう一度笹原の様子を窺う。その途端、小夜は思わずぷっと笑い出してしまった。小夜の笑い声に反応して、笹原が不思議そうに振り返る。その目が何? と問うていた。小首を傾げて小夜を見るその様子がまるで子犬のように愛らしく、小夜の心はどこか温かくなった。
「笹原君、頭に花、いっぱいついてるよ」
「えっ、嘘。まじか」
 小夜の指摘に頭をぶんぶんと横に振る。そして取れた? と小夜に目で確認するが、残念ながら頭にはまだまだたくさんの花がくっついている。小夜は笑いながら首を横に振った。笹原は、今度は頭をわしゃわしゃと手でほぐし、花を取ろうと試みる。乱雑な仕草だったが、それがまた小夜にとっては愛嬌のある仕草だった。微笑ましくて小夜は笑った。すると、笹原はむすっとした様子で頭を掃除するのを中断した。
「小夜だって頭にいっぱい花ついてるよ」
 その指摘に今度慌てるのは小夜の番だった。折角朝髪の毛をセットしてきたので、笹原のように乱暴にわしゃわしゃと髪をほぐすわけにはいかない。勘で花びらを取ろうと試みてみるが、当たり前のことながら一向に取れない。慌てる小夜を、笹原はどこか面白そうに眺めていた。
「取れない。取ってよ」
 仕方ないなぁ、と笹原は小夜の頭に手を伸ばす。笹原の大きな手が髪の毛に触れると、小夜の鼓動が速くなった。必死になって鼓動を正常に戻そうと意識し、頬に熱が集中しないように願う。笹原の手が、一枚一枚優しく丁寧に花を取っていく。その動作に思いのほか時間がかかっているので、そんなについていたのかと内心恥ずかしくなった。ひとのことを笑えたもんじゃなかったのだ。と、ぽん、と頭に掌が乗った。驚いて頭の上に大きな掌を乗せたまま、視線を上げる。普段あまり表情の浮かばない顔に、優しげな笑みが浮かんでいた。
「取れたよ」
「ありがとう……」
 代わりに俺のも取ってと言って頭を突き出してきたので、小夜は少し背伸びしながら取ってやった。自分で無理矢理振り落とした甲斐もあって、笹原の頭にはそれ程花は残っていなかった。髪の毛が短いのでもともとそんなについていなかったこともあるのだろう。終わったよと声をかけると、頭を上げてありがと、と笹原は笑った。
 笹原は普段あまり表情を見せない。だから、笑顔を見る機会も勿論少ない。だが、自分といるとき、笹原はよく笑ってくれる、気がする。眼鏡の奥の垂れ目がちな瞳に、自分が映っているときは、笹原の顔に笑みが広がる確立が高いような気がする。それは単なる自分の思い込みだろうか。笹原は、他の人に対しても、自分に対して浮かべてくれるのと同じように笑顔を向けているのだろうか。自分だけが特別だなんて思いたくなるのは、きっと勝手なことだろう。でも、はたしてそれは悪いことなのだろうか。
「さて、そろそろ戻る?」
 笹原の声にはっとして、小夜は慌てて頷いた。
「そうだね。そろそろ次の授業始まっちゃうよね」
「このままここにいたら、折角綺麗にしたのにまた頭に花がついてしまうしね」
 笹原はまた微笑んだ。だから小夜も微笑み返した。
 笹原は自分のことをどう思っているのだろう。好き? 嫌い? 単なる友達? それともバイト仲間? それとも、気になる異性?
 これって、デートっていうのかな。
 教室へと二人で向いながら、小夜は本日六度目の自問をした。

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