『ごくせん』

□好き嫌い、やっぱり大好き。
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…なんで、すぐ見つけちゃうんだろうか。


50mほど先のおしゃれな雰囲気の店の前。

ガードレールに腰掛けて携帯電話を触っているあいつの姿。

学ランじゃねぇ。私服だし…。わざわざ着替えてきたのか…。

あたしの視線に気が付いたのか、矢吹が顔をあげてあたしを見る。

「久美子!」

そうしてあたしに走り寄ってくる。

「山口先生、だ」

「硬いこと言うなよ。せっかく制服脱いできたんだし。…さ、行こ。俺ハラ減った」

そう言って、それは自然な動作であたしの手をとる。

まるで…そうするのが当たり前のように。

ぎゅっと力強く握られる手。呼ばれる名前。

当たり前のようにあたしの前を歩く男。

注文も矢吹があたしの分もしてくれるし。

一緒に食べるご飯は美味しいし。


矢吹がすっごく幸せそうにあたしを見るから。

すっごく切なくなった……。

ちゃんとワリカンで支払いして、店を出る。

辺りはもうだいぶ暗くなってきている。


「送ってく」

「え?いや、平気だ」

「ダーメ。久美子がいくら強くってもね。
女をこんな時間に一人で帰すわけにはいかねぇの、男としては」

そう言って、矢吹はまたあたしの手をとって前を歩く。

「…生意気。矢吹のくせに」

「なんだよ、それ。あ、公園通って行こうぜ」

笑いながら矢吹は、あたしの手ごと自分の手をコートのポケットにしまう。

そのせいで、ぐっと近くなる距離。

「……っ」

ふわりと香る矢吹のコロンの香りと感じる体温に、瞬間息をのんで。

ゆっくりとそれを吐き出す。


「…溜息つくなよ。
俺だって、傷つくんだからな…」

頭上でぽそりと小さくこぼされた声に、あたしは顔を上げた。


眉根を寄せて、苦しそうな矢吹の表情。

初めて見せる顔。


「や、ぶき…?」

歩む足を止めて、あたしを見下ろす矢吹。

「久美子にとって…迷惑だってわかってるよ。
でも…好きなんだ。どうすりゃいいんだよ?」

「…矢吹」

「傷つけたいわけでも、傷つきたいわけでもねぇし。……でも」

ぐっとあごをひいて、うつむいてしまう矢吹。

「お前こそ…なんで、あたしなんだよ」

「え?」

「7つも年上の色気もねぇババアで。しかも『センコー』で『極道』だぞ、あたしは」

「関係ねぇよ、そんなの……」

「関係あんだよ!!」


あたしの大声に矢吹は、あたしを凝視する。


「お前は!若くてカッコイイんだから!!
もっと可愛い子いっぱいいるだろう!?なんで、あたしなんだ!?」

「知らねぇよ!惚れちまったもんはしょうがねぇだろ!?」

「お前は馬鹿で単純で、頭わりぃしすぐキレるし!!自己チューだし!
…長続きする彼女探すのは、大変かもしれないがな〜!」

「はぁ!?ケンカ売ってんのか!!」

「そんなお前でもさ!
本当は友達思いでまっすぐで、熱くて優しい奴だって!!
誰よりも包んでくれる手がすごく温かいんだって。わかってくれる子いるだろ!?」

「……っ」

「見た目だけじゃなくて。お前のよさ、わかってくれる子いるだろ!?」

「そんなの1人しか知らねぇよ…」

「だったら…っ!!」

続けようとした言葉が閉じ込められる。

あたしの体ごと、矢吹の胸の中に。


「俺のことそんな風に見てくれる奴、山口久美子以外にいねぇよ。
山口久美子しか知らねぇよ…」

「なっ…!」

あたしより弱いくせに、がっちりした腕は男らしくて。

振り払うことなど、出来ない。


「今はさ…なんも言わなくていいから。
俺、頑張るから…そばにいさせて」

「……」

そんなの、何も言えないだろ。

いいとも、ダメだとも。

ダメだって言わなくちゃいけないのに、言えないだろ。

普段より少し早い矢吹の心音。

あたしより少し高い矢吹の体温。

その腕の中がすごく気持ちいいんだって、安心できるんだって知ってしまった。


「久美子、好きだ」


薄闇の中、それはもう何度目になるかわからない矢吹の告白だった…。






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