『ごくせん』

□好きって言えない!@
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悪化するのも、改善するのも。

全てその人次第。

やっかいで難儀な病気。

それが「恋の病」



第2話



どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

急に自覚した気持ちは、溢れ出して止まらない。

でもあいつは大事な生徒。
そして、あたしは先生。

この気持ちを知られるわけにはいかないんだ。


だから、あたしはこの気持ちを胸の奥の宝箱に大事にしまって。

鍵をかけた。


あいつは生徒!
あたしは先生!


週末の2日間。悩みに悩んでそう決めて。

月曜もいつも通りの態度を心がけようと、決死の思いで出勤した。



のに!!
学校に来やがらねぇんだ!!あいつは!!!


月曜は遅刻してきて昼前には早退。だから朝のHRも帰りのHRも顔を合わさず。

火曜は遅刻。午後からサボリ。朝はもちろん、5限目の数学も帰りのHRも会えず。

水曜・木曜。完全にサボり。まる一日ずっと来なかった。

そして、今日の金曜日。
お昼休みになった今もあいつは来ていない。

携帯電話はむなしくコール音が響くのみ。


「ふ、ふふふふ」

「や、山口先生?」

「ヤンクミ?」

職員室の机でコール音だけが鳴りっぱなしの受話器を置くと、あたしはこぶしを握って低くうめいた。

その声に川嶋先生と藤山先生が反応して声をかけてくるけど。

それに答える余裕は、今のあたしにはない。


さ〜わ〜だ〜っっ!!

あたしを怒らせるとはいい度胸だ!!

人がめずらしく悩んでつけた決心も無駄にしやがって!!

来週からはテストで。
その後には夏休みになっちまうというのに。

このまま学校に来ないつもりか、あいつは!?

その日の午後の授業を終えて。HRもさっさと終わらせて。

教頭が口うるさく言い出す前に、あたしは職員室を飛び出した。








そのまま走り続けて、沢田のマンションの前。

何も考えず、勢いのままドアを叩く。


「沢田っ!いるんだろ!?あけろ!!」

それでも開かない扉に、あたしは最高に苛立つ。

絶対いるに違いないのに!

あたしは腕が痛くなるくらいドアを叩き続けてやった。


「……近所迷惑なんだけど」

やがて、わずかに開いた扉から沢田の顔が覗かせる。

横を向いて目線を下げて、あたしを見ない沢田。

胸がズキンと痛んだ…。


って、切なくなってる場合じゃない!

この気持ちは封印したんだから!!


あたしは先生!
こいつは生徒!!


「お前がすぐに出ればいいだけだろ」

あたしはそう言うと、ドアの隙間から体を滑らせて部屋の中へと入る。


「おいっ!?」

慌てた沢田があたしの肩を掴む。あたしは逆にその沢田の手を取って、まっすぐに沢田を見た。

華奢なくせに、骨ばった男らしい手だった。

親指のシルバーリングが変わらずに鈍く光っている。


「一週間さぼり続けた言い訳をきこうか」

でも。
あたしは先生で、こいつは生徒。

冷静になるための呪文のように、心の中でそれを繰り返す。


「…別に。行きたくない気分だっただけだ」

あたしから目線を外し俯いて、沢田は小さくそうこぼす。

なあ。
お前はそんな奴だったか?

いつだって、まっすぐにあたしを見ただろう?

なんであたしを見ない?
なんで正直に言わない?

いつだって、嫌なことは嫌だって。おかしいことはおかしいって言ってくれたじゃないか。

あたしが間違ったことしそうになったら、止めてくれるのはいつだってお前だっただろう?

あたしは前しか見れないから。お前はいつだってあたしの分まで周りを見てくれてたじゃないか。

こんなのは嫌だ。
嫌だよ、沢田。


「なんで、あたしを見ない?」

「それ、先週俺がお前に言った台詞」

そうだっけ?
そうだったような気もするけど。


「今はあたしが聞いてるんだろ!」

「お前は言わないのに俺だけ言うのかよ。卑怯だろ」


ぐっ。
本当にああ言えばこう言う奴だよ、お前は!!

掴んだ手はいつの間にか下に落ちてて、でも掴んだままで。

まるで手を繋いでいるみたいで。

……ちょっと恥ずかしいけど。

離すと逃げるから、掴んだまま。


「あたしはいいんだ!でもお前はダメ!理由を言え!!」

「なんだよ、それ」

あたしに手を掴まれたまま沢田はベッドに腰を下ろし、薄く笑う。

座っている沢田と立っているあたしの間で、繋がれている手が空を割る。


「……」

「……」

しばらくの沈黙の後、沢田の手がきゅっとあたしの手を握り、ぶらぶらと子どものようにあたしの手を揺らした。


「沢田?」

「お前が…俺に会うの嫌なのかと思ったんだ」

何か決心したように顔を上げて、まっすぐにあたしを見る。

熱く燃えるような瞳。

出会った頃のような冷めた瞳じゃなく。

ちゃんとあたしを認識してくれている瞳。


「な、んで…」

「だってさ…」

唇を尖らせて、頬をちょっと赤く染めて。始めて見る少年らしい表情の沢田。


「俺のこと見ないし、一緒に帰るの嫌がるし…。嫌われたのかと思ったんだ」

俯いて、拗ねたようにそう言う沢田は。

ちょっと可愛い。


「お前…。可愛いとこあるな〜」

「なっ!」

だから思ったこと素直に言ったら、今度は顔を真っ赤にして怒るし。

やっぱり可愛いぞ、沢田!


「可愛いって!男に対して言うセリフじゃねぇよ!」

「か〜わ〜い〜い〜」

嬉しくなって沢田の頭をグリグリ撫でながらそう言うと、あたしのその腕を掴み沢田が急に立ち上がった。


「お?」

「だから!!じゃあ、なんでシカトしたんだよ!?」

「え、いや。その…シカトなんてしてないぞ?」

エヘって笑ってみるけど、沢田の目はごまかしを許さない。


「〜〜…いや、ほら。あたしがいない方がいいじゃないかな〜と思ってさ〜」

「一緒がいるのがダメなら最初から誘わないけど?」

そりゃ、そうだ…。

あたしがいない方がいい時は南たちが「今日はナンパだからヤンクミは来んなよ〜」って言うもんな。


「でも、ほら!女の子から声掛けられたりするしさ!」

「はあ?…俺がそう言うの嫌いなの知ってるじゃん、お前。何を言ってんの?」


だ、だよな〜。
納得するわけないよな〜。

こいつなんか「ヤンクミが一緒の方が女から声かかんなくて楽」なんて罰当たりなこと言ってたことあるくらいだし…。

でも、これはあたし的にうそではないわけで…。


「お前は良くても、あたしは女の子から睨まれるんだぞ〜?」

「……そんなん、俺のせいじゃねぇのに」


ぎゅっと唇をかみ締めてそう言う沢田は…やっぱり可愛くて。

そんなにあたしと一緒にいられないのが嫌なのか?って、なんか嬉しくなっちゃうじゃないか。


「いや!あたしはな!やっぱり同じ年頃の可愛い女の子の方がお前の横には似合うだろ!?
そりゃ、あたしはセンコーだから女としてお前の横にいるわけじゃねぇけど、睨まれてみろ!?
カッコイイって言われてるお前の横にあたしみたいのがいると女の子らは面白くねぇだろうし、あたしだって睨まれていい気しないし!
それに、あんな子らのほうが沢田の横はお似合いだな〜なんて思っちゃったりもするわけだよ、うん!」


一気に早口でそう言ったあたしに、沢田は目を見開いてあたしをじっと見つめた。


「な、なんだ!?」

あたし、なんか変なこと言ったか!?


「今のって…」

「な、なんだよ!?」

「ヤンクミ、ヤキモチやいてんの?」

「!!!!?」


ボンって音がなるくらいに、あたしの顔が一気に赤く染まったのが自分でもわかった。


「な、ななな、なに…」

「ふーん」

さっきの可愛さはどこへ行ったのか、沢田はにやりと嫌な笑い方をしてあたしの顔を覗き込んだ。


「そっか。お前ってそうなんだ」

「な、何が!!?」

「言っていいの?」

「だ、ダメ!!」


ぶんぶんと首を振ったあたしに、沢田は声を上げて笑う。

「じゃ、今まで通り。一緒な。お前の面倒見れるの俺くらいなんだし?」

「何を偉そうに!」

「俺の面倒見れるのも、お前だけ」

「…っ!!」

「だろ?」


にっこりと奇麗な顔で笑う沢田は、憎らしいくらいにカッコよくて。


「〜〜〜〜っっ!」

でも、背中に悪魔の羽としっぽが見えた!!

絶対絶対、見えた!!




くっそーーーーーーーっ!!

あたしの大馬鹿者ーーーーーー!!!






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