『ごくせん』

□感情螺旋
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週末は、川嶋先生・藤山先生と呑むか。

沢田らと遊ぶことが多い。


今日も職員会議の後、女3人で軽く呑んできた。

どちらであっても、その帰りは沢田のマンションへお泊り。

それがここ最近の習慣になりつつある。

良くないな〜ってわかっている。

だって「先生」と「生徒」。


色っぽい関係では全くないけれど、そんなのは他の大人から見たら関係ないから。

でも行かないと沢田が拗ねるんだ。


チャイムを数回連打して。
待つこと十数秒。

ガチャリと音を立てて開いた扉の向こう側から、沢田の姿が見えた。


「来ちゃったv」

それは初めてここに来た時からの、お決まりの台詞。

「ん」

沢田が体をずらしてくれて、入るスペースを作ってくれる。


「ほら、お土産」

未成年のましてや生徒相手のお土産に、缶ビールっておかしいけど。

そんなの気にしない。


「サンキュ」

それを渡したら、勝手知ったるなんとやら。

洗面所に向かって行って。化粧を落として。

すでにあたし専用の洗顔や歯ブラシが常備されちゃってる洗面所。

髪を縛ってるゴムを外して、めがねを置いて。

洗濯機の上にはあたし用のスウェットとTシャツが用意されているから、それに着替えて部屋に戻る。

あたしにはサイズのでかい沢田の服。

それをさも当然と着るあたしは、いったい何なんだろう。


あたしが寝る準備している間にテーブルには缶ビールとつまみが用意されてて。

テーブルとベッドの間、ベッドにもたれるように座るのもいつものこと。

そして、あいつはベッドの上に座る。

あたしの真後ろ。


今日は川嶋先生とこんな話をしたんだ、とか。

南と新しい彼女は今度こそ続きそうなのか、とか。

たいていあたしが一方的にしゃべってて。沢田はそれに相槌を返す程度。

時折、沢田の手があたしの髪に触れたりしながら。

沢田はあたしの髪に触れるのがどうやら好きらしくて。

いつも話をしながら、あたしの髪を撫でるように梳いていく。

あたしはその感触が気持ちよくて好きで、だから沢田の好きにさせている。


「沢田?どうした?」

でも、いつもならこの部屋にあたしがいれば安心するのに、今日は何か違う。

いつも以上に距離が近い。

だって、後ろからぎゅって抱き付いて来た。

また何か不安なことでもあるんだろうか…?


「何かあったか?」

「ん、別に…」

あたしの胸元に回されている大きな手に、自分の手のひらをそっと重ねて、安心させるように撫でてやる。

沢田は、あたしの肩口に顔を埋めて。甘えるようなその仕草が可愛いと思う。

ただそれは、まるで母親の愛情を求める子供のようで、あたしの胸を切なくさせる…。

勘違い、したらダメだ。

そう自分に言い聞かす。


「なぁ、明日も泊まれる?」

「さすがに二日連チャンはな〜」

「ダメなのか?」

苦笑したあたしに、抱きしめる沢田の腕の力が強くなる。

ふぅと溜息をついたあたしに、沢田の身体がびくりと反応する。

普段は頼りになってカッコイイ、3Dリーダーの『沢田慎』も。

こうやって2人でいると、途端に甘えた男になるのはなんでだろうな。

こんな弱い沢田を知っているのは、あたしだけなんだろう。

それが、嬉しくあり悲しくもある。


「…オレ、うぜぇ?」

「は?」

「いや…なんでもねぇ」


黙ってしまった沢田に、あたしは心の中でもう一度苦笑して。
沢田の台詞を聞えなかったふりをする。

うぜぇなんて、思うわけないのに。

くるりと振り返る。


目の前には、たぶん他の3Dの奴らには信じられねぇだろう、情けない沢田の顔。


「明日はテストの採点しようと思って、仕事持ち帰りなんだよな。ここでやってもいいか?それ、やっててもいいなら明日も泊まるぞ」


額と額をくっつけて。
息がかかるくらいの至近距離で、そう言う。

「ん、それでいい」

そうすると、とてもキレイな顔で沢田は微笑んでくれる。

男のくせにな〜。

なんでこんなキレイな顔してんだか…。

ドキドキしてしまう心を抑えて、沢田に笑いかける。


「今日はもう寝るか」

「ああ」

お互いに缶ビール1本飲み干して。

すでに汗ばむ暑い季節なのに、クーラーかけながらでも二人でくっついて眠る。

沢田の胸の中に閉じ込められるようにして、シーツに埋まる。

トクントクンと規則的な音に耳を傾け、目を閉じる。


今、あたしはこいつの親鳥なんだろう。

初めて信じられる大人相手に、ようやく甘えることを知った沢田。

卒業していろんな人に出会えば、きっとこんな関係も続かなくなる。

その時あたしは、素直にこの腕を手放せるんだろうか。

こんなにも気持ちいい手を、ぬくもりを。

あたしは、なくしても大丈夫なんだろうか…。


でも、せめて。
せめてもう少し。

あたしが自分の気持ちを抑えられるうちは。

こうやって一緒にいれたら、いいと思う。






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