『ごくせん』

□〜恋 嵐 koinoarashi〜
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第2話 風が吹いた日
Side 竜


ヤンクミが帰ってくる。

熊井さんのその言葉は、オレの胸に風を吹かせた。

たった3ヶ月しか一緒にいなかったのに、ヤンクミはオレと隼人の心に真夏の太陽のような眩い残像を残していたんだ。

オレの横で隼人はわかりやすく喜びを表している。

その隼人がちらっとこっちを見た。

「なんだよ」

「べっつに〜」

嬉しいって感情を簡単に見破られて、ちょっとむかついて。反対を見る。

反対の隣では、沢田さんがゆっくりとビールを口に運んでいた。

「…?」

「慎ちゃん、驚かないね。知ってたの?」

オレが不審に思ったのと同時に、内山さんがにこにこ笑いながら沢田さんの肩を抱いた。

「ヤンクミから連絡あったんすか!?」

隼人がずりぃ!と顔に書いて、沢田さんに詰め寄っていく。

「ちげぇよ。昼間ヤンクミから大江戸に電話が入った時に、俺もちょうど大江戸にいたんだ。たまたまだ」

そう言いながら、隼人の頭をポンポンと撫でる沢田さんの仕草はヤンクミのソレを思い出させて。

オレは心に黒い感情が湧き上がるのを、顔を歪めて必死で抑えた。

どこかヤンクミと同じ空気を感じさせる沢田慎という人。

初めてここで出会った時は衝撃だった。

こんなかっこいい男いるんだなって。

マジに思ったから。

内山さんや熊井さんから聞いた、沢田さんとヤンクミの絶妙なコンビネーションの数々に、ヤンクミに頼られていたという沢田さんは。

少なくともオレや隼人よりヤンクミのそばにいることが出来る人で。

ヤンクミのテリトリーである「大江戸一家」になんなく入り込める人。


隼人はというと。

感情を素直を表し、ヤンクミに甘えられる奴で。

短気だしケンカっぱやいけど。表裏がない素直な性格に。喜怒哀楽のはっきりした表情に行動。

「でかいワンコみたいだな」ってヤンクミにも言われたくらい、しっぽぶんぶん振った犬みたいにヤンクミに懐いて、引っ付いて。

スキンシップ過剰だ。

抱き付いて肩抱いて。それでもヤンクミは隼人を嫌がらなかった。

さすがに「ホッペにチュー」した時は殴られていたけど…。

最大のライバルだなって言いながらも、沢田さんを尊敬してるって言える隼人は、すげぇってオレは思う。

オレはヤンクミに近い沢田さんを素直に尊敬してるって言えない。

あんなふうな男に、沢田さんみたいにヤンクミの横に立てる男になりてぇって気持ちはめちゃくちゃあるくせにな…。


ヤンクミの隣に立てる沢田さん。
ヤンクミに可愛がられる隼人。

じゃ、オレは?

オレはヤンクミの中でどういうポジションなんだろう?

オレは、2人が羨ましくて、そして妬ましかったりもしている。


あれはいつだったか。まだヤンクミを山口と呼んでいた頃。

屋上でヤンクミと2人だった。

隼人は寒がりで、屋上に来たがらなかったから。

あそこにいる時だけは、オレだけのヤンクミみたいだった。


―お前は本当に、言葉も表情も足りなすぎだ!

―お前や隼人が多すぎるだけだろ

―感情豊か!いいことだろっ!!

―……

―そうやってすぐ黙るなって!


「しょうがない奴だ」って、そう言いながらオレの頭をワシャワシャってして。

背伸びして、オレの額に自分の額をくっつけてきて。

―少しずつでいいから、自分のこと出してみろ。大丈夫。あたしがきちんと受け止めてやるから。怖くないぞ。


そう言った。

あの時、心の中に風が吹いて。

今までのモヤモヤが晴れていくみたいな気分になって。


―お?ようやく笑ったな!いい顔するじゃねぇか!


久しぶりに笑った気がした。

それからも、やっぱり言葉足らずなオレの気持ちをヤンクミはちゃんと理解してくれて。

オレの気持ちを吐き出させてくれた。

親父とも、昔ほど険悪じゃなくなった。

もしヤンクミに出会わなかったら。
親父はもちろん。隼人やタケともこうしていることは出来なったし。

マジで。

オレの世界を動かしたオンナ。

そのオンナが欲しいって思うのは当然だろう?



「なーに考え込んでの?竜ちゃん」

黙ったまま俯いて、そんなこと考えてたら。

「…タケ」

「ヤンクミに早く会いたいね?」

にっこりと笑いながら、そう訊いてくるから。

「そうだな…」

そう返したら、ますますにっこり笑顔になって。

「だね♪」

3Dメンバーにも知らせよっと、と言いながら携帯を取り出すタケ。

こいつにも昔からなんか勝てねぇよな〜、なんて思う。

幼なじみ3人の不思議な関係。

キレた隼人を止めれるのはオレで、オレを止めれるのはタケ。

んで、タケの前を引っ張って行くのは隼人。

ずっと昔から変わらない関係。

前を見れば、テンションの高い隼人は、ビールの一気飲み。

また酔っ払ったあいつをオレが面倒見なきゃけねぇんだろうな〜なんて思いつつ。

「オレにもよこせ」

隼人のビールを横からさらって、一気に煽る。

「竜!?」

ヤンクミの帰郷で、テンション上がるのは何も隼人だけじゃねぇだろ。

オレだって、嬉しいんだ。本当に。

前はあんなになりたくなかった大人に。

今は早くなりてぇ。

ヤンクミの横に堂々と並べるように。




「…う、りゅーう、竜ちゃーん!おーい!!」

隼人の声が遠くで聞こえる。

「めずらしいね。竜ちゃんが完全ヨッパで沈没なんて」

タケの声も。

「しょうがねぇ。俺がおぶって行くわ。背中のせて」

「ほいほーい」

「お前らだけで大丈夫か?」

この声は…沢田さん?

「大丈夫っすよ〜。竜のマンションここから近いし」

身体が浮遊する感覚。

オレ、隼人におんぶされてる?

みんなの話し声も聞こえるし、意識もあるのに。身体が言うこときかない感じだ。

隼人におんぶされるなんて、格好悪すぎだろ…。

「最近ちょっと様子おかしかったから。ヤンクミが戻ってくるって話聞いて。ちょっとハイになっただけだと思うし」

…なんだよ、それ。

「あいつ、お前らの精神安定剤みたいだな」

苦笑する沢田さんの声が聞こえる。

「沢田さんは違うの?」

「…どうだろうな」


沢田さん、アンタ。

それ、どんな顔で言ってんの?

「んじゃ、お先っす〜」

ガラガラって熊井ラーメンのガラス戸があいて。

外のむわってする空気を肌に感じた。

「蒸し暑いな〜」

身体が少し上下に揺れる感覚。

「俺が竜ちゃんをおんぶなんて、小学校以来じゃね!?」

そうかもな。

ていうか、お前寝ているだろうオレに何話しかけてんの。

「…竜ちゃんもヤンクミいなくておかしくなってたんか?」

自分じゃわかんねぇよ、そんなの。

「俺は竜ちゃんみたいに頭良くねぇし。すぐキレッし」

自分をよくわかってんじゃん。

「複雑な竜の気持ち、全部わかってやれねぇんだろうな…」

な、に、言ってんの…。

オレ以上にオレの気持ちわかるのはお前だろ。

お前以上にお前の気持ち、わかるのもオレだし。

「竜ちゃんはー、いっつもヤンクミに一番に気にされてて」

それはオレが一番ダメな奴だからじゃねぇの?

「知ってるか〜?俺は自分からヤンクミに触るけどな〜。ヤンクミから触るのはお前が一番多いんだぞ〜」

…それは知らなかった。

「竜ばっか、ずりぃな〜って」

それはオレの台詞だろ。

お前ばっかずりぃって。

「沢田さんなんかに負けるかよ。俺たちだって充分イイ男だっつうの!」

…当然。

ふわふわと浮遊する身体。
それに伴い上昇していく感情。

なんだ。
やっぱりオレとお前は一緒なんだな。

考えること一緒だ。
思うことも想う相手も。

欲しがるモノも。

「は、やと」

「お?起きた?もうすぐ着くからこのままでいいぞ?」

「わりぃ…」

「たまにはね〜」

ガハハって笑いながら、隼人がオレが1人で暮らすマンションに入って行く。

勝手知ったるなんとやらで。

オートロックのナンバーも全部知ってる。

エレベータに乗って。

ドアのキーロックも解除して。

オレの部屋なのに。

教えた覚えもないのに。

お前1人で出来るくらい。

それくらい、いつも一緒にいるってこと。

オレ1人じゃ無理だろうけど。

お前1人でも無理だろうけど。

でも、2人揃えば。
敵わないものはないだろう。


打倒・沢田 慎。
オレたち2人の手にヤンクミを。

オレは隼人の背中で、そう誓った…。


いつかのあの風を。
この手に捕まえてみせるから。

お前の太陽、2人で抱きしめよう。





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