『ごくせん』
□好き嫌い、やっぱり大好き。
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2月の初旬。
「なんでかしんねぇけどよ。お前に惚れちまったみたいなんだよな。どうすればいい?」
それが、あいつの初めての告白だった。
「やーまーぐーちー!!メシ食って帰ろうぜぃ〜っ!」
ズボンのポケットに両手を突っ込んで。
その腕に、何も入ってない空っぽの薄っぺらい鞄を抱いて。
満面の笑顔で矢吹隼人はそう言った。
「あたしはまだ仕事中なんだが?矢吹くんよ」
放課後の3Dの教室。教卓で仕事をしてた。
口うるさい教頭のいる職員室よりも、生徒たちの騒ぎ声聞いてる方が落ち着くしって思ったから。
教室に最後まで残っていたのは、いつもの5人。
その5人も鞄を持って立ち上がるから帰るのだと思ったのに。
「どっかで待ってるし。後から来てよ」
「…なんであたしがお前とメシ食わなきゃならんのだ?」
「だって、今日親父いねぇし。拓もダチんとこ行くってメール来たし。
一人でメシってつまらねぇじゃん」
何が嬉しいのか楽しいのか。にこにこ顔のまま、教卓に頬杖ついてあたしを見る。
「…小田切や武田たちも一緒か?」
「んなわけ、ねぇじゃん。二人で♪」
語尾にハートークが付きそうな声で、ウインク付きでそう返してくる矢吹。
確かに、一人のメシは淋しいさ。でもなんであたしを誘う?
こいつの考えはよくわからん…。
はぁ〜と溜息ついて、あたしはそばにあった出席簿で矢吹の頭を叩く。
「バーカ。誰かと一緒がいいなら、可愛い女の子でもナンパして来い」
「だから〜。こうしてナンパしてんじゃん♪」
「……」
あたしは可愛い女の子って言ったんだがな…。
あたしはお前にとって『センコー』で『可愛い女の子』じゃないだろ。
「一人でメシ食う気おきねぇし…。山口は俺が餓死してもいいんだ?担任なのに俺が栄養失調で倒れてもいいんだ?」
くすんくすんと教卓に頭うずめて、泣きまねを始めた矢吹の後頭部を見ながら溜息ついて。
こいつの数歩後ろにいる仲間たちのうちの1人――小田切を見た。
小田切はあたしと目が会うと肩を竦めて、その薄い唇を『付き合ってやれ』と形作る。
「…何が食いたいんだ?先に言っとくが、奢ってはやらねぇぞ。給料日前なんだ」
「ヤッタ!!」
あたしの言葉に泣きまねを止めた矢吹は顔をあげて、笑顔になる。
そりゃもうまぶしいくらいの笑顔で。
「山口、パスタ好き?」
「おう。好きだぞ。パスタ嫌いな女なんていないんじゃないか?」
「んじゃね、駅前の〜」
矢吹は鼻歌でも歌いそうなテンションで、ノートの切れ端に地図を描いてく。
「店の前で待ってるから。早くな♪」
そう言って仲間たちと教室を出て行く矢吹。
あたしはその背中が見えなくなってから、もう一度深々と溜息をついた。
初めての告白以来、ずっとあの調子だ。
やたら抱きついてきたり触れてきたり。誘ってきたり。
二人きりになれば、繰り返される甘い囁き。
「好きだ」とか「愛してる」とか「久美子」とか…。
からかってるのなら止めてほしい。
本気なら…なお、止めてほしい。
教師と生徒。
大江戸一家3代目の孫娘と普通のご家庭の長男。
25歳と18歳。
ありえないだろ…。
ケンカ早くてお頭が弱いのが玉に傷だが、見目もよく、男気あるあいつ。
本当はモテるってことも知ってる。
なのに…。
「なんで、あたしかね」
何事にもまっすぐなあいつに、最初から惚れちまってるあたしに。
頑張って隠してるあたしに…。
人の気も知らないで気楽な奴だよ、あいつは…。
それから30分ほど仕事して、あたしは学校を出る。
行かないでおこうか、ともちょっと思ったけど。
一度約束したことを反故にするのは、さすがに気が引けるし。
知らずについてしまう溜息を殺しながら、あたしは書いてもらった地図を片手にお店へ向かった。
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