『ごくせん』

□王子様を待っていた
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「白馬の王子様を待っていたはずだったのにな」

「は?」

隼人は、突然零れた久美子の台詞に、思わず眉間に皺を寄せた。

何、言ってんだ、こいつは…。

今まさに。
隼人が一人で暮らすアパートのベッドの上で。

着衣も乱れ、お互いの熱も充分高まってきたはずの、このタイミング。


ふざけんなよ、てめぇ。

ようやく。
ようやくだ。

高校時代。生徒だった頃から。

口説きに口説いて。

どんなに嫌がられても。

泣かれても。

「お前はあたしにとって大事な生徒なんだよ」と何回言われても。

そばを離れず。想って想って。

想い続けて。

押して押して、押しまくって。


ようやく手に入れた恋人のポジション。

付き合いだしてからもいろいろあった。

短気な二人はケンカも多い。
教師だった頃からは信じられないほど久美子は隼人に泣かされて。

恋人になっても遠慮のないライバルたち(主に筆頭は親友だ)に隼人は焦れて怖がって。

それでも、愛情をゆっくりと育み。

久美子からの気持ちも徐々に感じられるようになって。


ようやく。
しつこいようだが、本当にようやく。


隼人が待ちに待った、始めて肌を合わす…はずのこの日の、このタイミングにこの台詞。

「どういう意味だ、てめぇ。ケンカ売ってんのか!?」

華奢な背中を掻き抱いていた腕を外し、隼人は思わず久美子を睨みつける。

さっきまで熱く盛り上がっていた感情が、別の意味で熱くなっていくのがわかる。

「何、怒ってんだ?」

きょとんとした表情の久美子が組み敷かれた腕の中で、隼人を見上げる。

「てめぇが今言ったんだろうが!?王子様がって!」

「ああ!…それがどうしてそんなに怒るんだ?」

「……ってめぇ」

大きな目をパチパチとさせて瞬きを繰り返す久美子に、隼人は心底苛立ちを覚える。

こいつ、マジむかつく。

可愛さ余って憎さ100倍と言ったところだろうか。

「俺が王子様じゃねぇって言いてぇんだろ!?」

それでも、握った拳を久美子に振り落とすわけにもいかず、隼人はダンッと壁を殴る。

「……」

そんな隼人を久美子はじっと見つめると、両手をあげて隼人の頭を抱き寄せた。

「そんなつもりで言ったんじゃないんだ。
ごめん、言葉が足りなかったな」

暖かく柔らかな胸の中に抱かれ、常より少し早い久美子の心音が隼人の耳に聴こえてくる。


「……〜〜っ」

好きで、好きで。
好きすぎて。

ほんの少しの否定も拒絶も。

隼人の心をいとも容易くささくれ立たせる。

「〜っふ…。好きだ、久美子…」

「うん、知ってる」

隼人の涙をその細い指で拭い、久美子は奇麗に微笑んだ。

「恋愛ってさ…奇麗なもんだと思ってたんだ」

「……」

「年上で優しい王子様があたしにもいつか現れるって思ってた」

「悪かったな…年下で、優しくなくて!」

生徒だったせいか。はたまた久美子の性分か。

久美子はやたらと隼人を子供扱いする。

それが隼人を苛立たせるとわかっていても。

「そうなんだよな〜」

くすくすと笑いながら久美子の手が隼人の髪を撫でる。

「現実は理想と全然違ってさ…。でも、それはお前もだろ?」

「……」

そうだ。隼人の好みはグラマーで可愛い子だったはずだ。

決して、男勝りで自分よりもケンカが強いような女ではなく。

でも。
それでも。

「理想と違うのに…それでもさ」

「……」

「こんなに好きなんだなって思って」

「!!」


その瞬間。

隼人は久美子に抱かれていた身体をがばりと起こす。

「お前…」

「うん?」

「始めて、好きって言った…」

「そう、だったか…?」

今まで隼人がどれだけ言っても。もらえなかった言葉。

わかってる、とか。
あたしもだよ、とか。

そんなのはあっても。

はっきりと久美子が「好きだ」と言葉にしたのは始めてで。

照れているのか、薄く朱に染まった表情で、久美子は悪戯が成功した子どものように舌を出す。

「…だって、恥ずかしいんだ」

「すっげぇ嬉しい」

隼人は、丸みをおびた額から久美子の奇麗な黒髪をゆっくりと撫でる。

「…ん」

そして、額。鼻。目じり。頬と。

順に、口付けを降らせ。

先ほどのささくれ立った心は嘘のように、穏やかな凪が心に吹く。


「例えばさ…」

「ああ」

「年上でなくてもさ」

「うん」

時折、熱い息を吐く久美子の声に、隼人はどんどん熱を上昇させる。

その白い首筋に噛み付くようにキスをして。

「っん!…白馬に乗ってなくてもさ」

「うん」

だんだんと荒くなっていく呼吸の中、久美子は言葉を続ける。


「お前があたしの王子様なんだなって」

「……だと、いいな」

「なんだよ、それ。そうに決まってるだろ」

久美子の唇が追いかけるように、隼人へとたどり着く。

舌を絡めあって、熱を分け合って。

久美子の目が情欲に潤んで行くのを、隼人は見ていた。

「…大好きだぞ、隼人」

「うん俺も。愛してる」



例えば。

白馬に乗ってなくても。
年下でも。

優しくなくて怒りっぽくても。

すぐ拗ねちゃう可愛い奴でも。

大好きなお前があたしの王子様。




だからな。





END
 

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