『ごくせん』

□好きって言えない!@
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動悸。めまい。
心臓の痛み。
切なさ。

特定の人物に限り、その症状が出ましたらそれはもう病に侵されてます。
さて、それは何の病??


第1話



近頃、あたしはおかしい。

動悸にめまい。

そんなのはしょっちゅうで。
無性に泣きたくなったり。
理由もなく、ムカついたり。
逆にすっごく嬉しくなったり。

なんか、情緒不安定。

こんなの初めて。

病院行かないとダメだろうか?

やだな〜…。
注射嫌いなんだよなぁ。

なるべくなら行きたくないし。
なんとなく、こんなの知らない人間に話したくないし。

川嶋先生に相談してみようかな?

う〜ん。

なんとなく。
なんとなくだけど。

笑われそうな気がしてヤダな…。

でも病院よりかはいいかもしれないし…。


夕暮れの3Dの教室。
もう生徒は誰もいない。

見回りと戸締りに来たあたしは、なんとなく一番後ろの生徒の席に座って。

いつも自分が立っている教壇の方を眺めながらそんなことを考えてた…。


「何やってんの?」

「うわっ!?」

突然の声にあたしは体をびくっとさせた。
顔を上げる。


「な、なんだよ!沢田!!驚くだろ!!」

ああ、ほら!
また変な動悸が!

やっぱりあたし、おかしいよ〜。

突然現れた沢田の姿を見たら、変な動悸がしてきた。

なんか顔に熱が集中しているような気がするし。


風邪か?

Tシャツの胸辺りを掴みながら、沢田の顔がまともに見れなくて。

視線を彷徨わす。


「…何度も呼んだんだけど?」

「そ、そうなのか!?で、どうしたんだ?忘れ物か?」

「……」

「な、なんだよ!?」

呼ばれてたなんて、全然気が付かなかった!

大事な生徒の声を聞き漏らすなんて!

あたしとしたことが!!


「……」

沢田の目がまっすぐにあたしを見つめてる。

そのことが、なお更あたしの動悸を激しくする。


そんな目で見るな!

って、そんなこと言えるわけないだろ!

馬鹿か、あたしは!

だいたい、初めて会った頃の目に比べたら全然良い瞳をするようになったんだ。

大人なんて、教師なんて。誰も信じない。

そう思っていた、こいつだから。

暗い目をして憎しみだけを込めて、あたしを見てたこいつが。

今はまっすぐに強く奇麗な瞳であたしを見てくれるんだから。

見るな、なんて言えるわけないじゃん。


「…お前さ」

「な、なんだよ!?」

黒い学ランが少しずつ近づいてきて。

思わず立ち上がり、一歩下がる。


「なんで逃げんだよ」

「に、逃げてないぞっ」

ち、近すぎるからだ!
そんなこと言えないけど!!


「う、わ!」

下がる足が、あたしが座ってた席―沢田の席の椅子の足に縺れて、体が揺らいだ。


「おいっ」

転ぶかと思ったあたしの体は、しっかりと沢田に腕を掴まれたことで難を逃れる。


「何やってんだよ、危ねぇな」

「わ、悪い」

Tシャツから出てるあたしの二の腕を、沢田の手のひらがすっぽり覆ってる。

…手、でかいんだな〜。
なんて思ったらまたドキドキしてきたし!


「おい!放せ!」

「放したらまた逃げるだろ」

「逃げてない!」

「じゃ、さっきのはなんだよ?」

「逃げてないってば!は〜な〜せ〜っ」

「って、おい!暴れんなよ!」

掴まれている反対の腕ですぐそばにある沢田の体を押しやる。

でも、ビクともしない。

なんだよ、もう!
だんだんハラが立ってきて。

あたしは顔を背けることで、沢田への反抗を示す。

沢田はそんなあたしに、深々と溜息を付いた。

絶対、わざとだ!!


「……なあ」

「……」

「お前、最近俺のこと見ないよな」

だって見ると変な動悸がするし!


「俺らと一緒に帰るの嫌がるし」

女に声掛けられてるのなんか見たらハラ立つんだよ!


「部屋にも来ねぇ」

二人きりなんて何しゃべればいいのか、わかんねぇし!

あたし、今までどうしてたっけ?!


「…俺なんかした?」

「……〜っ」

何もしてない!
してないけど!!

あたしがおかしくなっちゃっただけで!


「……」

「……」

沢田に言ったら、聞いてくれるかな?

なんとなく。
なんとなくだけど。

こいつなら笑わずに聞いてくれるような気がするし。

なんとなく。
なんとなくだけど。

こいつなら答えがわかるような気がするし。

「……」

「…あ、あの」

「…ごめん」

「へ」


掴まれていた腕が放されて。とたんになぜか淋しくなる。

近かった沢田の学ランが、見る見るうちに遠くなって。

「へ…」


沢田は教室から出て行ってしまった。

「ごめんって何が…?」


あたしは突然のことに頭が付いていかなくて。

無意識で、斜めになった沢田の机を戻して。

教室の窓とか開いてないかチェックして。

職員室に戻った。

頭の中では、沢田の「ごめん」がずっと鳴っている。

ドキドキ言ってたあたしのおかしな心臓は、今はズキズキ言ってて。

やっぱり風邪かな…なんて思った。








「あれ?まだおったんか?」

「あ。川嶋先生…」


すでに白衣を脱いだ川嶋先生は、今から帰るとこだったんだろう。

「変な顔してんで?なんかあったんか?」

「はあ…」

じっとあたしを見つめる川嶋先生は、本当に「お母さん」みたいで。


「あたし、病気かもしれません…」

「はあ!?」

「心臓がドキドキしたりズキズキしたり…。あいつの前だと緊張してしまうし…」

「あいつ?」

「まともに見れなくて…。近寄られると苦しいのに離れるともっと苦しくて…」

「あんた…」

「絶対、病気ですよね〜!?」


泣きそうに詰め寄ったあたしに、川嶋先生は大きな目をきょとんとさせて。
そして大笑いし始めた。


「先生!なんで笑うんですか!?あたしは真剣に!!」

「だって!だってな〜!」

「う〜〜」

「ごめんごめん」


一頻り笑った川嶋先生は、腰に手を当ててあたしをまっすぐに見た。

「確かに病気やな」

「や、やっぱり!!」

「草津の湯でも治せへん病気や。やっかいやで」

「ど、どうすればいいんですかぁ〜?!」

「治せるのは、その『あいつ』だけやろうな〜」

「へ!?なんで!?」

「女の子にとっては永遠の不治の病や」

「ふえ!?」

「それは『恋の病』や!!」

「……」


自信満々に頷きながら、川嶋先生はあたしの顔を覗き込んでにやっと笑った。

「ま、頑張りや♪」


そしてあたしの肩をばしんと叩くと「今日はすき焼きやで〜裕太待っててや〜」と言いながら帰って行った。

あたしをそのまま置き去りにして。


「……」

それからあたしは、まだしばらく呆然とそこに立ち尽くしてた。


恋!?

恋の病!?


誰が!

誰に!?


あたしが!

沢田に!!



「嘘だーーーーーーーっ!!!」


でも!
でも!!

言われてみたら、そうかもしれない!

あいつの顔見るとドキドキするし!

近寄られると顔が熱くなるし!


は!

そう言えば、あたしさっきも無意識にあいつの席に座ってた!!

ひえ〜〜〜っ!

ど、どうしよう!!


だって、あいつは生徒だ!

あたしの大事な生徒なんだ!!


ヤバイ!

ヤバイヤバイヤバイ!!

それは絶対ヤバイだろ、あたし!!

ダメだろ、あたし!!!


ああ、それに!
あいつさっきなんか誤解したかも!

「ごめん」て何だよ!?

あたしは思わず薄暗くなった廊下に蹲る。


「沢田のあほ〜」

八つ当たりだってわかってるけど!

そう言わずにいられない。

教師のあたしを、惚れさすなんて!

あの男!!

もう!
これからどうすればいいんだよ〜!?







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