『ごくせん』

□感情螺旋
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あたしが白金に赴任して早4ヶ月。

退職騒ぎも落ち着いて。

ようやく日常が戻って来た。

世間では、もうすぐ夏休み。


あいつらはそれを堪能すべく、そのための難関・期末試験の真っ最中。

うーんうーんと唸り声をあげながら、数学のテストを睨みつける奴らとうって変わって。

教室の一番後ろ。
自分の机に突っ伏して、安らかな寝息をたてる者1名。


「……」

あたしはちいさく溜息をこぼし、その姿に近寄る。

覗き込んだテストの答案用紙は、すべて解答欄が埋め尽くされていて。

こいつのためだけに作ったと言ってもいい難問のラスト問題も、なんなく解かれていて。

さすがっつうか。
ムカつくっつうか…。

あたしはまわりの生徒に聞えるくらい、大げさに溜息をもう一度ついて。

眠る沢田の頭をくしゃりと撫でた。


クーラーのない3Dの教室は、窓が開いててもかなり暑い。

なのに、その暑さを感じさせない涼しげな表情で、眠るこいつは。

自他ともに認める3Dのリーダー。白金のトップだ。

キレる頭も。
冷静な判断力も。

咄嗟の行動も。
腕っぷしも。

仲間思いで、強い心も。

そして、その容姿も。

全てが抜きんでていて。


みんなが頼り信頼するヤツで、こいつ自身もそれにしっかりと答えている。


そういうあたしだって。
こいつには頼りっぱなしの自覚はあるんだ。

いつだって、猪突猛進なあたしは前しか見ていない。

でも、それは。
こいつが後ろでしっかりフォローしてくれているから、安心して走れるわけで。

センコーなのに、そんなんでいいのか?って思わなかったわけじゃないけど。

まっすぐ前だけ見て走れるヤツなんて、そうそういないからお前はそれでいい、と。

こいつに言われて。

じゃあ後ろはヨロシク!なんて言っちゃって。

今じゃ、誰よりも一緒にいて、信頼しあって仲良しなあたしたち。


他の奴らだって。

「慎はヤンクミのお守り役だから」って納得してて。

誰もおかしいなんて言わないくらい、それが自然になっている。



でも、本当はもう一つ理由がある。

あたしと沢田自身しか知らない、秘密の理由。

こいつがどれだけすごいヤツでも。

あたしが頼りにしていても。


こいつもやっぱりガキだってこと。

弱音も痛みも、甘えもさえも。

仲間に吐き出すことが出来ないこいつが。

唯一、出来る場所。


それがあたしだってこと。



チャイムと同時に、生徒たちがいろんな叫び声をあげる。

それに苦笑しつつ、あたしはセンコーとして声をあげる。


「後ろから集めて〜。前にも言ったけど30点未満は追試だからな〜。追試でも駄目だったヤツは夏休み補習だからな〜」

「ああ、もう!せっかく今終わったばかりなんだからそんな凹むこと言うなよ、ヤンクミ〜」

野田の声に周りの奴らもそうだそうだ、と叫ぶ。


「あーハイハイ。悪かった!とりあえず今日で期末試験も終わりだ。明日あさっての土日でハネのばすのはいいけど、ハメはずすなよー。んじゃ解散だ!」


あたしの言葉が終わるか終わらないかくらいで、我先にと生徒たちは教室を出て行く。

ちゃんとあたしへの挨拶もしながら。

可愛いヤツラだよ。


そんな中で、ようやく起きた寝ぼけ眼の沢田と目が合う。

本当に親しい奴らでしかわからないであろうくらいの微笑みを貰って。

あたしは沢田のそばまで歩み寄った。


「お前らも今日は遊びに行くのか?」

「モチッ!」

あたしの問いかけに南と内山がピースサインで答える。


「ヤンクミは?一緒に行かねぇの?」

クマがお菓子を食べながら、そう尋ねてくれる。

それはあたしが一緒に行ってもいいって証。

生徒に遊びに誘われるセンコーなんてそうそういないよな。

嬉しくなって、クマの頭をワシャワシャ撫でながら、あたしは答える。

「誘いは嬉しいがな〜。あたしゃ午後は職員会議なんだよ〜」

はあ〜っと肩を落として、わざとらしく溜息をつく。


「職員会議〜!?そりゃご愁傷様」

野田がうわ〜と言いながら、あたしの肩をポンポンと叩く。

「会議ってなんの?」


そこで、ずっとあたしを見つめてた沢田がようやく口を開く。

席に座ったまま。他の奴らはみんなその沢田を囲むように立っているのに。


「夏休みの補習計画に、見回り強化、進路指導などなどだ」

「めんどくせ〜」

「見回りとかお前らのせいなんだぞ〜!?どうせ3Dは問題起こすに決まってます!とか教頭に言われて!大丈夫だって言ってんのに!!」

あたしは教頭の嫌味な言い方を思い出して、南の胸倉を掴み前後に揺すりながら、そう叫ぶ。


「ぐ、ぐるしぃ〜」

「ヤンクミ!ギブ、ギブ!!」


野田と内山に両腕を捕られ、そこでようやく南を放す。


「げほっ!…ヤンクミ、俺を殺す気か!?」

「わりぃわりぃ。つい力入っちまった」

カッカッカッて笑いながら、南の背中を叩く。


「テストの採点もしなくちゃいけないから、今週は無理なんだ。悪いな。週が明けたら付き合うから」

あたしはそう言って、まっすぐに沢田を見る。

案の定、沢田は眉を寄せて不機嫌顔。

その沢田に苦笑して、視線だけで「大丈夫」って言ってやる。

そうすると、あたしの視線の意味をちゃんと理解して、沢田は小さく頷いた。


「絶対だぞ〜」

そういうクマに「ああ」って言って。奴らに手を振って。

あたしは教室を出た。






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