『ごくせん』

□〜恋 嵐 koinoarashi〜特別編
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特別編 生きる場所
―Side 慎―


少しずつ暑さが落ち着いてきた。

庭から入る柔らかな風が、体に気持ちいい。

そんな9月の日曜日。

俺―沢田慎は、大江戸一家で三代目の将棋の相手をしていた。

左手でコマを動かし、右手は膝の上にのった黒髪を撫でる。

さらさらと手触りのいいそれの持ち主は、いまだ俺の膝の上で夢の中。

ミノルさんがかけてくれたタオルケットの中で、午睡を楽しむ俺の愛しいオンナ・山口久美子。

気持ち良さそうな寝顔がとても愛しい。

「久美子、起きねぇなぁ〜」

「…ですね。夕べも忙しかったみたいですし」

三代目のからかい交じりの言葉に、苦笑しながら返事をする。

新しい学校は、久美子にとって始めての共学校。

「女の子って大変だ」って苦笑してた。

そりゃ男相手みたいに拳で語り合うわけにもいかねぇしな。

今までと勝手が違い、かなり大変そうだ。

でもそんな時。

「疲れた〜」と言って甘えてくれるから。

「どうしたらいいと思う?」って訊いてくれるから。

それがすごく嬉しくて。

愛しくて。
愛しくて。

なんでこんなにも…って思うくらい。

…愛しくて。

本当に良かったって。

こうなるまで、大変だったから―――。




高校3年の春。
俺たちは出会った。

運命とか、そんなの信じてねぇけど。

お前とならそれもありかなって思う。

惚れて、惚れて。
惚れ込んで。

周りみんなが当然だって思うくらい、当たり前のようにずっと一緒にいたあの頃。

お前も、真っ先に俺の名前を呼んでくれたし。俺を頼りにしてくれてた。

…だから自惚れてたのかもしれねぇ。

始めて「好きだ」って言った時。久美子は顔を真っ赤にして。

オンナの顔して「ちょっと待ってくれ!」って叫んで逃げた。

あの時は、あいつが手に入るって確信して。ぬか喜びをした…。


その翌日。

泣き腫らした目で。
真っ赤な目で。

でもセンコーの顔で。
「あたしは生徒をイロにはしねぇ」って言ったあいつ。

…何、言ってんの?

お前、俺のこと好きじゃん。

俺に惚れてるじゃねぇかよ。

俺にそれがわかんねぇとでも思ってんの?

でも、何を言ってもお前は聞き入れてくれなかった。

生徒だから駄目なのか。

だったら卒業したらいいのか。

シノハラみたいな大人だったら良かったのか…。

黒く湧き出る醜い感情を必死で押さえ込んで。

それでも、あいつの隣っていうポジション。

誰にも譲らなかった。


クリスマスの時も。

「一緒にいてぇんだ」

そう言った俺に、少し困った顔して。でも頷いてくれた。

初めてキスをしたあの日。お前はオンナの顔で泣いて「駄目だ」って繰り返した。

「ずっと…お前の隣にいてぇ」

一生死ぬまでって言ったら、鳩尾にすげぇ一発くらって。

「一生なんて簡単に言うな!!」

そう叫んでまた泣いた。


…あの時わかった。

久美子が俺を受け入れない理由。

久美子が俺に本気で惚れてるほど、受け入れてもらえないってことも。


どうすればいい?


俺が好きだって言うたびに、駄目だって泣くお前…。

どうしたら、よかった?

まだガキだった俺には、どうやったらあいつの隣にいられるのか、わからなかった…。

すげぇ悩んで。考えて。

このままじゃ絶対あいつを手に入れることはデキネェって。

わかったから…。

絶対認めさせるような、すげぇ男になってやるって思って。

…アフリカ行くって、決めた。

センコーとしてのあいつは応援してくれた。

「お前ならできるよ!」
そう言って背中押してくれた。


でも、オンナのお前は?

俺がいなくて淋しいとか思う?

また、泣くのか?


出発3日前。
最後だからって、みんなで騒いで。

あいつはいつも以上にテンション高くて。

でも、俺の部屋で2人きりになった時。

俺の背中見つめるあいつの表情が。

窓ガラス越しに見えた、表情が。

涙なんか流してなかったのに。

淋しいって、好きなのにって。泣くオンナの顔に見えて。


―たまらなかった…。


強引に、柔らかな唇を奪って。

その白い肌に触れて。

俺の痕跡をあいつに残したかった…。

駄目だって言うあいつの声が、俺の体を押し返す腕が、徐々に弱まって。

潤んだあいつの瞳に俺だけが映って。

「さ、わだ…」

俺の背中にその細い腕が、回った。


それからあいつは、俺の名前だけを口にした。

俺も夢中で、あいつを抱いた。

食らい尽くすくらいに。


でも。

好きだって、愛してるんだって。

言えなかった…。

朝起きたら、もうあいつの姿はなくて。

一緒に消えた俺の指輪。


…そんなものを、俺の代わりにすんの?

俺はいらないのか…?

あいつのぬくもりも匂いも消えたベッドに、顔を埋めて。

声をあげて、泣いた。



アフリカで出会った人達は。

みんな生きることに一生懸命で。必死で、笑って泣いて呼吸して。


生きてた。


感動したこと。
辛かったこと。
嬉しかったこと。


何かが心に降り積もる度に、思い出すのはあいつの顔。あいつの声。


あいつの笑顔。
そして涙……。


二十歳の誕生日。真っ赤に染まるでかい夕陽を見て。

涙が出た。

帰ろうって決めた日だった。


あいつの隣が、俺の生きる場所。


何があっても。
たとえ今あいつの横に違う男がいても。

絶対にあいつを手に入れる。

あいつが守りたいもの、俺も一緒に守りてぇ。


俺が生きるために。

そう誓った。


それからの俺の行動は早かった。

大学受験決めて、夜中に勉強して。ほんのわずかの一時帰国で、受験して。合格して。

入学ぎりぎりまで帰国しなかったら。

帰った時にあいつはいなかった…。

さすがにあの時は、俺って馬鹿じゃね?って思ったね…。

驚かせようって思って、あいつに連絡してなかったから。

まあ、すぐ電話で話できたんだけど…。


そして、あいつの代わりに出会ったのは黒銀でのあいつの生徒たち。

特に、矢吹隼人と小田切竜。

あの2人に初めて会った時は衝撃だった。

昔の俺のポジションそのまんまで。

そいつらが久美子に惚れてるのは、すぐにわかった。

マジで焦った…。

俺以外の男が一時でも、あいつの隣にいたんだと思うと。

なんで離れていられたんだろうって思った。


それでも。
やっぱりあいつの生徒だけあって。

矢吹たちと一緒にいるのは、全然苦じゃなかった。

居心地の良い関係。

うっちーたちと同じような。そんな風になれると思った。

実際、久美子の次によく会うのも、うっちーやクマたちじゃなくて矢吹たちだしな…。

それに…。

久美子とこうなれたのも、あいつらのおかげなのもあるし。

口には出さないけど。マジ感謝してる。


「ん…。し、ん?」

「起きたか?」

膝の上の愛しいオンナが、俺の名前を呼ぶ。

それだけで言いようがない幸福が俺を満たす。

ゆっくりと体を起こし、細い腕で俺に抱きついてくる。

その体をやんわりと受け止めて、背中を撫でる。

「どうした?」

自分でもびっくりするくらいの甘い声が出る。

「ふふ」

幸せそうな顔して、笑う久美子。

「夢、見てた」

「どんな?」

「ん〜よく覚えてない。でも慎がいた。なんか幸せな夢」

センコーの、教室での久美子とは全く違う甘えた声で、そんなことを言う。

三代目がゆっくりと立ち上がり、俺の顔を見てから部屋を出て行く。

そんな三代目に視線だけでお礼を言って、ゆっくり久美子を抱き上げる。

「俺がいると、幸せなのか?」

「当ったり前だ!」

俺の胸に頭を預けて、久美子が笑う。

「そっか」

笑みを作る唇に、そっと口付ける。

いまだ時々切ない顔で、俺を見つめる時がある久美子。

俺が傷つくことを怖れる久美子。


大丈夫。


今の俺に怖いことなんて何もないから。

絶対、離れたりしない。

お前が守るもの、俺も守る。お前自身も含めて。

お前が隣にいる。


それだけで。
俺は強くなれるから。


だから。
何度でも言うよ。

愛してる。

愛してる。


笑って、泣いて。
一緒に生きよう。



お前の隣が俺の生きる場所。

ただ一つだけの、俺の居場所だから。





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