『ごくせん』

□〜恋 嵐 koinoarashi〜
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第1話 焦がれる太陽
Side 隼人



「お先に失礼します」

まだフロアに残る人達に声かけて、軽く頭を下げてから会社を出る。

毎週金曜日。
この日だけはなるべく残業せずに早く帰る。

高校を卒業してから出来た習慣。熊井さんの店に集まる仲間たちの元へ行くために。


高校3年生。
卒業まで3ヶ月。

そんな中途半端な時期に俺たち3Dの前に現れたヤンクミ。

どうしようもねぇ馬鹿ばっかだった俺たちにも、未来はあるって、可能性はあるんだって教えてくれた。

大事な仲間がいるって、大事なものが、守りたいものがあれば強くなれるって、教えてくれた。


いつの間にか、俺たちの輪に溶け込んで。

自然と俺たちの一部になって。

みんな、あいつを好きだった。

それは、センコーとして。時に母のように姉のように、妹のように。


そんな中、俺は。

気がついた時にはもうあいつをオンナとして惚れてた。

あんな極上な女、他にいねぇって気がついた時にはもうどっぷり嵌ってた。

それは、俺だけじゃなくて。

いつも隣にいる親友も同じだった。

口に出して確認したことなんかなかったけどさ。



くせぇ台詞吐くなら、ヤンクミは俺らの太陽だった。

強い眼差しに凛とたつ背中。
あいつの心そのものの真っ直ぐな黒髪。

「生徒」と「教師」で。

「生徒はイロにしねぇ」が口癖のあいつだったから。

高校時代にその想いを伝えることはなかった。

…まあでも、単純な俺だからさ。

行動にも顔にも出まくりで。
ヤンクミ以外はみんな知ってたけど。

俺と竜でヤンクミ挟んで。
タケとつっちーと浩介も一緒に。
いつも笑ってた。

今思うとすっげぇ貴重で、宝物ようなの日々だった。

卒業間近にようやく決まった今の就職先も。

あいつはめちゃ喜んでくれて。
それこそ親父より、誰よりも喜んでくれて。

いつものように髪をワシャワシャってして。

「良くやった!頑張れよ!」って満面の笑顔で言ってくれたっけ。


今もまだ慣れない仕事、頑張ってる。

それもヤンクミのその台詞と笑顔と。

そして「頑張ってるな!」って褒めて欲しいがために。

あいつのずっと後ろ、背中しか見えねぇ距離じゃなくて。

あいつの横に立てるくらいの男になりてぇって。

心底思ったからで。



社会人歴2ヶ月半。ようやくスーツ姿が様になってきた感じだ。

ネクタイ結ぶのもようやく慣れた。




でも、隣にあいつがいねぇ。


会いてぇよ、ヤンクミ…。




今は遠い沖縄の空の下。

相変わらず、誰かの太陽になってるんだろうと思う。

メールも電話も、頻繁にするけど。
でもやっぱり会いたいって思うよな〜。

はあ〜って深々と溜息ついて。

会社を出て、梅雨入りしたどんよりと生温かい湿った空気の中。
俺は熊井さんの店へと向かった。


熊井さんは、ヤンクミの最初の生徒。
やっぱり今でもヤンクミと仲良し。

そして今は、俺たちとも仲良し。

熊井さんたち仲間も5人で、俺らも5人。

俺たちが卒業してヤンクミが沖縄行った後に、熊井さん以外の4人と熊井さんの店で初めて会って、すぐ仲良くなった。

話題はだいたいヤンクミのこと。

あっちの方が先に出会ってて。1年も一緒にいたせいかネタが多い。

そのせいで嫉妬つぅか、むかつくこともあるけれど。

同じ男として、いいな〜ってすげぇな〜って思う人ばっかりだったから。

なんかそれも許せた。


だから毎週金曜日。

きちんと約束してるわけでもねぇし。
もちろん全員が毎回そろうわけでもねぇし。

でも、なんとなく。
集まってラーメン食って。
酒飲んで。
いろんなことをしゃべる。
楽しい時間になってた。


「ちーっす」

時間は8時半。
夕飯にはちょっと遅い時間で、客もほんのわずか。
あと30分もしたら俺らだけになるだろうって簡単に予想がつく。

ふとカウンターに目を向ければ、見慣れた竜の背中ともう1人。

「沢田さん!」

俺が声をかけたら、ゆっくりと振り返って。
小さく手を上げた。

竜の隣じゃなくて、沢田さんの反対隣に座る。

「久しぶりっすね!」

「たった2週間だろ」

ゆっくりと煙草の灰を落としながらそう言う沢田さんの姿は男の俺が惚れ惚れするくらいにカッコイイ。

沢田 慎さん。

熊井さんたちヤンクミの最初の生徒のリーダーだった人らしい。

リーダーって言葉に、本人は肯定も否定もなく。
ちょっと顔を顰めてたけど。

白金を卒業した後、2年間アフリカに行ってたそうだ。

ただ、ヤンクミが沖縄に行った次の日に帰国したらしく、いまだ再会を果たしてないらしい。

今、俺がもっとも尊敬して憧れてる人。

見た目はもちろん、纏うオーラがヤンクミのソレと似ていて。

優しく強く、前を見据える眼差しも。

一つ一つの動作・仕草に男の色香を感じさせちゃうところも。

クールそうなのに、実はめちゃくちゃ熱いんだろうその内も。

頭良くて、W大の法学部なんて通ってて。
運動神経もよくて何でも出来て。

熊井さん曰く「ヤンクミの暴走を止められる唯一の人」らしいとこも。

こんな男になりてぇってマジ思う。


そして、俺と竜の最大最強のライバル。


この人もヤンクミに惚れてるんだって、すぐにわかった。

たぶん、俺と竜の気持ちもばれてると思う。

勝てる、とは全然思えないけど。

でも、負けてるとも思わないから。


俺は俺の方法で。

ヤンクミの隣に立つ。

そう決めたから。


「ほい、矢吹」

熊井さんから生ビールのグラスを受け取って、とりあえず3人で乾杯。

「今日は沢田さんだけっすか?」

「後でうっちーも来るって」

「そっすか!」

うっちーこと内山さんは沢田さんの親友っぽい感じ。
特に仲がいいみたいだし。

「沢田さんと内山さんて、俺と竜みたいな感じなんすか?」

そんなことを聞くと、竜ちゃんから溜息交じりのツッコミ。

「オレとお前みたいな…ってどんな感じだよ…」

「なんだよ、竜!その言い方。文句あんのか?!俺と竜の仲だろ〜!?」

「だからどんな仲だ…」

沢田さんを挟んだまま会話する俺たちに、沢田さんはふって笑って。

「そんなもんじゃね?
幼なじみって言ってたらクマもだしな」

そう言って柔らかい表情で、調理場の熊井さんを見上げる。

「チョー仲良しだよなっ」

熊井さんも嬉しそうに、そう答える。

ラーメンと餃子を食べながら、いろんな話をする。

そうしてる間に内山さんと野田さんが来て。
タケが来た。

なんだかんだで、集まってくる。

他の客も帰って、貸切状態。

アルコールも手伝って、ちょっとハイになってきた頃。

熊井さんが大声を上げた。

「あ!!忘れてた!」

「おいおい、なんだよ〜、クマ。びっくりするだろ〜」

野田さんが、ビール片手に熊井さんの頭を叩いてる。

みんなが熊井さんを見てた。

「昼間、連絡あったんだよ!ヤンクミ来月帰ってくるって!」


「!!」


その熊井さんの言葉に、俺と竜は顔を見合わせて、立ち上がった。

「それ、マジですか!」

めずらしく竜も感情を顔に出して。

「ど、どいうことっすか!?」

俺も熊井さんに駆け寄る。

「向こうは1学期だけで、夏休みからはこっちの姉妹校に転勤なんだと。
7月の終わりにはこっち戻れるぞ〜って昼間電話あったんだよ。
今忙しくてみんなに連絡出来ないから伝えてくれって。おれのところならみんな来るからちょうどいいだろ〜って」

「っ!!」

ぐっと思わず、握りこぶしを握った。


「ハヤト、チョー嬉しそうだにゃ」

タケの言葉に俺は思いっきりタケの背中を叩く。

「痛っ!」

「あったりまえだろっ!?」

やっと会えるんだ!

俺の太陽!!


ああ、やっぱりこの2ヵ月半頑張ってよかった!!


そっと横を見れば、竜の唇も端が少し上がってる。

嬉しいくせに。
素直じゃねぇよな〜。


「なんだよ」

「べっつに〜?」

にやにやしている俺をじって睨んでくるけど。

全然、怖くねぇって!

でも、俺は次の内山さんの台詞にピタッと体が止まった。


「慎ちゃん、驚かないね。知ってたの?」

見れば、沢田さんはほんの少し微笑みを浮かべているだけで。

特にリアクションがなかった。

「ヤンクミから連絡あったんすか!?」

沢田さんだけ!?
それってずるくね!?

思わずかなりの至近距離まで近付いて大声あげた俺の頭をポンポンって撫でて。

「ちげぇよ。昼間ヤンクミから大江戸に電話が入った時に、俺もちょうど大江戸にいたんだ。たまたまだ」

「……」

勘違いするなよ、て目でそう言ってくる沢田さん。

やぱりすげぇって思うのはこういう時。

俺も竜も。
ヤンクミの実家が任侠一家だって知ってるし、何度か行ったこともあるけど。

ヤンクミがいないって分かってて、その上で行くなんてことぜってぇ出来ない。

それを沢田さんはいとも簡単にやってのける。


でも、でも!!

負けねぇ!!!

来月にはヤンクミが帰ってくる!


勝負はそれから!

だろう!?





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