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□知らない表情をする彼女/つよい視線を向けるヒト
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知らない表情をする彼女




春休みに入ってからはほぼ毎日彼女と会っている。

主な場所は図書館だけど、たまに息抜きと称して一緒に出掛ける。

社会見学という建前にしているけど、ただ俺が彼女のことを少しでも多く知りたいだけのこと。

今日は二人で水族館に行く予定だ。

行ったことがないと言ったから、彼女のはじめてを共に過ごせる。

どんな風に喜んでくれるだろう。

イルカショーとか好きそうだ。

ペンギンなんかも好きかもしれない。

待ち合わせ場所までつい駆け足になるのは早く逢いたいから。

少しでも長く一緒にいたいから。

待ち合わせ時間よりも十分以上はやいのに、既に来ている。

彼女らしい。

思わず緩んだ口の端を手で覆う。

そう簡単にいつも通りには出来そうもなかったから。

声をかけようとして気づいた。

誰かと話をしていることに。

俺の知らない人物だった。

いや、彼女と共通の知り合いなんて母校の教師陣だけだ。

その誰でもない。

クラスメイトか何かだろうか。

親しそうに笑顔を見せている。

ずるい。

あのふわふわした笑みを俺に向けて欲しい。

第一、今日は俺と約束してるんだ。

足に勢いをつけて前へと踏み出す。


「朽木」

「先生、おはよう」

「おう、ハヨ」


ちゃんと目を合わせて挨拶をする彼女に胸がどくりと鳴る。


「ルキアさん、僕…」

「花太郎、今日はすまぬが」

「ええ、ルキアさんの都合のいい日教えてください」


彼女と話をしていた男が立ち去ろうとした。

俺の知らないところで二人が会うのも話をするのも考えるだけで嫌だ。

だから、引き止めた。


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