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□とある書店員の観察記録
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「それより、これがいい。決まり、今年はこれでお願いします」
「ふぉんだ、ん しょ、こら?」
んん?
ものすごくあやしい発音。
フォンダンショコラ知らないの!?
すっごくおいしいのに。
「フォンダンショコラ。中のチョコがとろ〜ってでてくんの」
「貴様はちょこが好きだからな〜」
「おまえだって好きだろうが」
「しかたがない、つくってやろう。一ヵ月後を覚えておけ、三倍返ししてもらうからな」
挑戦的に見上げた彼女に彼はにやりと笑った。
人の悪い笑み。
「三倍返し以上してやる。おまえが好きなもので」
「白玉か?チャッピーか!?」
「不正解。ほら、それ買って帰ろう」
自然に差し出された左手には銀環があって、彼女のほっそりとした左手にも同じものがある。
ああ、新婚なんだ。
きっと。
そうじゃなきゃ、あんな雰囲気つくり出せない。
甘いのに色めいた。
オレンジの彼には彼女しか映っていない。
その眼差しに込められている想いを彼女は知っているだろうか?
赤の他人でしかない私にもわかるその熱。
それを彼女が知らないはずはないだろう。
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