キミのとなりで
□キミのとなりで10
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「ブーブークッションなんて初めて見ました」
神田さんが外に出て行った後、私は不動産屋の従業員、デイシャという変なメイクをした人に笑顔でそう言いながら、神田さんを怒らせた原因のブーブークッションを手に取って眺めた。
「ははは!神田のあの顔、最高じゃん!」
デイシャって人はまだ笑っていた。
私は“あなたのメイクの方が変だよ”と思ったが口にはできず、彼に合わせるために微笑んでみせた。
そしてデイシャさんと私との間にあるカウンターの前の青い布製で脚はスチール製の椅子に腰掛けてから、前面ガラスの外を見た。
神田さんは自販機の横でこちらに背を向けていて、いつ戻ってきたのかアルマくんも彼のそばにいた。
「で、やっと結婚が決まったのかじゃん?」
「え?」
私はデイシャさんの言葉に反応し、体ごとデイシャさんを見た。
「今のところでも二人だけなら十分だけど、子供ができたらもう一部屋いるじゃん?」
「あ…あの…」
パラパラとファイルを捲りつつ、パソコンをいじるデイシャさんを覗き込むようにして私は困惑した表情を見せた。
「あれ?違うのかじゃん?」
私はブンブンと顔を縦に何度も大きく振る。
「あんた“リナリー”って人じゃねェのかじゃん!」
もう、じゃんじゃんうるさいなあ。焼きそばジャンジャンじゃあるまいし!
「私は…」
コムイさんに教えられて神田さんに婚約者がいることを知っていたはずなのに、なぜか胸が苦しい。
「私は…神田さんとはただの同級生です。部屋を探してるのは私で…神田さんにここに連れてきてもらったんです」
「あ…そうなん?」
「はい…」
デイシャさんは一旦手を止め目を丸くしたが、直ぐにファイルを片付け、今度は別のファイルを出して言った。
「希望はじゃん?」
「会社の近くで安いところがいいです」
「会社はどこじゃん?」
「黒野町です」
そうだ…神田さんは婚約者がいるんだ。だから尚更、早く彼の部屋を出なくちゃいけない。
「部屋の希望はじゃん?」
「安ければどんなでも」
どうして私、神田さんのことばかり考えているんだろう。
ティキのことで頭がいっぱいなのに、これ以上考えたら頭が爆発しそう。
「なら、予算はじゃん?」
「4万まで」
「4万?!」
デイシャさんが大きな声を上げた。
「このエリアで4万なんて…じゃん」
彼の口癖であろう“じゃん”がすごく小さく聞こえた。
「どんなに古くても平気です!!」
「ん〜」
デイシャさんはしばらく考えこんだあと、何も言わずパソコンに向かい慣れた手つきでマウスを動かし、数軒の物件をプリントアウトしてくれた。
私は、自分に付き合わせてしまい、神田さんの時間を奪ってしまったことを申し訳なく思っており、住む所を早く決めなくちゃという気持ちで胸がいっぱいで、迷う時間が勿体無い!と、その中の上から順番に三枚手に取った。
「ここでいいです。さあ、見に行きましょう?」
「うわっ、はやっ。本当にいいんかじゃん?」
「はい…早く神田さんの時間を返してあげたいですから」
そして私たちは物件巡りの旅へと出るのでした。
外に出ると神田さんが少し驚いた顔で「早かったな」と言った。
神田さんの顔はまだ赤い。