キミのとなりで
□キミのとなりで6
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パンを食べ終え、もちろん全部を食べきれるわけではないので余ったパンは冷蔵庫へ入れた。
そして引き出しからまた風邪薬を出して前もって準備していた水と一緒に名無しさんに渡す。
「飲んどけ」
「はい」
ゴクリ…
名無しさんは素直に薬をのんだ。
「神田さん」
「なんだ?」
「何から何まで本当にありがとうございます」
名無しさんに深々とお辞儀をされた。
「いや…俺は別に…」
そう言う俺は柄にもなく照れて頬を赤くした。
「あ!神田さん!」
今度はなんだ?
「実はさっきから気になっていたんですが、そこのボタンが取れそうなんです。私、ソーイングセットを持ってるのでちょっと待ってくださいね」
そう言うと名無しさんは笑顔でリビングを出て行った。
名無しさんに言われた通りシャツを見てみると上から2つ目のボタンが糸一本に辛うじてぶら下がっている状態だった。
あ…気付かなかった…。
そして間もなくして名無しさんがはにかみながらやってきて、小さな青いケースをテーブルに置く。
どうやらそれがソーイングセットというやつのようだ。
ん?
急に体がドキドキしてきたぞ!
なんだ?
今から名無しさんが俺に触れると思うと体が熱くなってきた。
ソーイングセットを開けた名無しさんが中の物を全部出して申し訳なさそうに言った。
「あ…あの…」
「なんだ?」
なんか嫌な予感がする…。
上目遣いでもじもじしながら名無しさんが言う。
「あのですね…白糸がちょうど切れてなくてですね…。赤い糸しかないんですが構わないですか?」
「なんだそんなことか…」
「“なんだ”って気になりませんか?」
「別に」
俺は衣服にさほど執着心とやらはないので、よほどおかしな格好でなければ糸ぐらい構わない。
「それじゃあ赤糸で…」
そう言いながら針に赤糸を通し、糸切りハサミでとれかかったボタンの糸を切った。
名無しさんが俺に触れた時、つい体に力が入る。
地肌を触られたわけじゃねェのに…。
器用に動く名無しさんの小さな手から目が離せない。
忘れようと他の女と付き合ったこともあったが、忘れられなくて…。どいつも長く続かなかったし、今気づけばどれも名無しさんと似たタイプのばかりだったな…。
「!!」
今、名無しさんの指の裏側が素肌に触れ、心臓が大きく鳴った。
「あ!ごめんなさい!」
「なぜ謝る?」
「…触ったから…」
名無しさんは言いにくそうに俯き小さな声でそう言った。
そんな名無しさんの頭の上に俺は手をポンと乗せる。
「いいんだ。俺は痒くなったりはしねェから。安心して触れ」
ポンポンと軽く名無しさんの頭を叩き俺は穏やかな気持ちで笑う。
俺が言った言葉に驚いたのか俯き気味だった名無しさんが顔を上げ下から俺を見つめてきた。
もし彼氏彼女の関係なら俺は間違いなく今キスをしてるな…。
見つめ続けると名無しさんの顔がみるみるうちに赤く染まって行き、ごまかすように止まっていたボタン付けを再開させた。
「…熱のせいで…神田さんを刺しちゃうかも…」