キミのとなりで
□キミのとなりで12
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数日後、珍しく神田さんが夜に家にいる。
神田さんちのお風呂はリビングを通らなければ行けない。
つまり、ソファーに寝転び本を読んでいる神田さんの側を通らないといけない。
「…お風呂を借ります…」
彼の側を通る時にボソボソと声を掛けてそそくさとお風呂場に向かう。
「ああ」
本のページを捲る音と一緒に軽い返事が返ってきた。
私が後で入ると何度も言ったのですが神田さんも後で入ると言い、平行線を辿った先で私が折れたのです。
居候なので強く言えませんでした。
ドキドキしながら神田さんの側を通り、洗面所兼脱衣所に到達した私は扉を閉めて安堵のため息をついた。
「はあ…」
どうして“お風呂に入る”って言うだけで、こんなにドキドキするんだろう。
服を脱ぎ、とりあえず洗濯機の中に入れる。
後で洗濯してもいいか訊こう…。
神田さんは家賃も何も要らないと言ってくれたけど、水道光熱費だって私が使った分、増えるからこのまま甘えてしまうのは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「…家のことをやってもらえるだけで充分だって言うけど…」
そう呟きながらお風呂の扉を開けると、高い位置にある横長の窓の向こうに、この世の者ではない女性の顔が映っていて、私は絶叫を上げ脱衣所から飛び出した。
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やはり、好きなコが自分ちの風呂に入るってシチュエーションは落ち着かない。
扉一枚隔てた所に一糸纏わぬ姿で名無しさんが居るのかと思うと心臓の音が五月蠅くなる。
「俺は中学生かっ」
読んでいた本を閉じ乱暴にコーヒーテーブルの上に投げた時、風呂場から名無しさんの悲鳴が聞こえ、動きを止めた。
『きゃあああああああ!』
何事だ?
名無しさんの悲鳴に俺の目は大きく開かれ、起き上がろうとした時に真っ裸の名無しさんが目に飛び込んだ。
「なっ…お前…」
俺だって男だ。
白い肌と大きな胸に目を奪われる。
しかし名無しさんはそんなことを全く気にしていない様子で、自分が裸体を晒してると言うことよりも悲鳴の原因で頭がいっぱいのようだ。
俺のそばまで来た名無しさんは真っ青な顔をして風呂場を指差し、興奮気味に言う。
「で…で…」
その指先は震えている。
「“で”?」
半泣きしている名無しさんの顔を覗き込むと、名無しさんは俺のシャツの袖をちょこんと摘み、息を飲み込んでから一気に言った。
「神田さん!出た!目がギョロッとした青白くて痩せたお化けが!」
あまりの名無しさんの慌てぶりに服を着ろと言う隙がない。
「…こっち見てギョロってしたんですよぉ!呪い殺される!呪い殺されるぅ!」
「大丈夫だ。入って来れねーから」
先ずは落ち着け!落ち着いて服を着ろ!
そう思いながら名無しさんの頭を撫でた。
「入って来れなくても嫌です!怖いです!」
とうとう名無しさんの目から涙が一粒零れる。
よっぽど怖いのか俺の袖を掴んだまま離さない。
気のせいかだんだん力が入っているような気がする。
風呂場に移動する間も名無しさんは離さなかった。
「いねェな」
俺が来た時には幽霊はいなかった。
「え?」
俺の背中に隠れている名無しさんがひょっこりと目だけを出して風呂場を見る。