短編

□偶然にも不運な野良猫
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 2年の、新しいクラス。


 偶然にも、『矢野』という苗字がもう1人いた。
 偶然にも、『りょう』と発音する名前も1人じゃなかった。


 矢野 良(やの りょう)。


 苗字の『野』と名前の『良』から、ついた渾名は――。


「おはよ“ノラ”」
「……………………はよ」


 すっごく、ひどいと思う。

 1年次に仲の良かった友達とは、悉く別のクラスになってしまった。
 人付き合いが苦手なオレを、受け入れてくれるクラスは、正直うれしい。

 でも、

 こんな渾名、最悪だ。


「おっはよー、ノラ! ふふふー、今日もつり目が可愛いねー!」


 もっとも最悪なのは、渾名をつけた張本人――坂町 瑛孝(さかまち えいたか)の存在だ。


「あ、今日は言わないんだ。“ノラじゃない!”って」


 口真似をしているつもりなんだろう。
 恐ろしいほどオレに似てなかった。


 『ノラ』とかいう渾名は、人につけるべきじゃないと思うんだ。
 飼い主のいない犬とか猫とかの呼び方だ。

 そう言って抵抗してるけど、坂町は楽しそうにオレをからかうだけ。


「あっれーどうかした? 今日はしおらしいね。変なモンでも食った?」


 ダメだよー拾い食いしちゃ、と笑う。
 オレは5歳児か。
 子ども扱いするところも嫌いだ。

 坂町は身長が高いから、オレのほうが子どもみたいに見えるのかもしんない。

 だけど、だ!


「食ってないー!」
「っっ――!!」


 へらへらに笑う坂町が憎らしくて、思いっきり足を踏んづけてやった。

 痛がっている姿に、ざまーみろと心の内でせせら笑う。
 いっつも、ノラノラ呼んで、オレを馬鹿にする仕返しだ!


「っ……いて、」


 オレが踏んづけた足を抑えたまま、うずくまった坂町を見て、やりすぎたことに気付いた。

 そんなに力入れたつもりはなかった。
 ちゃんと加減だってした。

 もしかして、坂町は足怪我してたのか?
 怪我してるところをオレが踏んでしまったのか?


 坂町が動かないから、不安が募る。
 クラスメイトも坂町の様子が尋常ではない、と慌て出す。


 ……オレの、せい?
 だって、坂町がオレをからかうから。

 でも、足踏んづけたのは、オレ。
 踏んづける以外にも、方法はあった。

 やっぱり、オレが原因なのか?


「その、なんだ……むーぅ……」


 ごめん、とか。
 やりすぎた、とか。
 大丈夫、とか。

 どうしてオレの口は、そういうことが言えないのか。
 自分でも歯痒くて嫌になる。


「さ、坂町……」


 うずくまる坂町に合わせて、オレも腰を屈める。
 様子を確認しようと、顔を覗き込んだ。

 そのとき――


「マジで本当に可愛いんだけど、ノラ」


 一瞬、誰が言ったのか、分かんなかった。


「もーノラ可愛い! 野良猫みたいに毛逆立てちゃって可愛い! マジラブ!」


 とか言って、坂町はオレを抱き込まれた。

 何なんだ。
 痛がっていたのは演技か。
 オレの心配返せ。


「あ、変な顔してるー可愛い! うずくまった俺を心配してくれたんだー。でも、だいじょーぶ。ノラに足踏まれても全然痛くないからー。いっつも威嚇されてばかりだったから、ちょっと他の顔も見たかったんだよねー。ふふふふふー。心配した顔も可愛かっ――」

「黙れーっ!!!!」


 何なんだ、コイツ。
 本当に何なんだ、坂町!

 ビンタを食らわせた頬を擦りながら、坂町は、怒った顔も可愛いとか言って笑う。

 やっぱり、最悪だ。
 ――この渾名も、坂町も。





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 溺愛×ツンデレ。
 受け視点でお送りしました。

 シリアスな作品が多いので、
 ハイテンションを書きたかったんです。

 自己満足です。

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