刃の下に心在り
□揺らいでくれたら
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「憎い」
嗚呼、何て阿呆面だ。
「お前が、憎い」
眼の端に映る黒髪の、何と煩わしい事か。
「嫌いだ鬱陶しい近寄るな、私に」
澱みなく動く唇。上等だろう。
「……悪巫山戯が過ぎるぞ」
「何を、」
「三郎、」
「…なんだ、ばれていたのか詰まらない」
心中で舌打ちを一つ。まあ態とそうしたのだけど。
「一人称を間違えてる。お前にしては雑だったな」
「おやそうだったか。それは失態だ」
「勝手に変装したら兵助に怒られるぞ?」
「なに、本人に遭わなければ好い話だ」
言い当てられても変装を解かない私を不思議そうに見遣る。僅かに口の端を上げる。
「其れにしても、出会い頭にあれは無いだろ」
「そのにやけ面の胆を冷やしてやろうかと思ってな」
「酷ぇなぁ」
「何を言う。私だって熱した鉄針を呑む様な辛さで言ったと云うのに」
「馬鹿」
何故私はこの姿でいるのだろう。私は、何を意固地に為っているのだろう。
「態とだと言ったら?」
軽く眼を細め、片眉を上げ。何がしたい。何がしたい。自分でも解らぬのだよ。睨むな。おお、怖い。恐い。さて、お前は何と言う?
「……悪趣味だ、三郎」
「…褒め言葉と受け取ろう、八左ヱ門」
お前は私にからかわれたと思っているだろう。其れで好い。お前はからかわれたのだ。私に。
「ああ、けど、」
「何だ」
「心臓に、悪いな」
くしゃりと、笑って。嗚呼、言うな。頼む。馬鹿。馬鹿。
「兵助に言われたみたいで。お前だって解ってても、さ」
じくり。なぁ、お前、知らないだろう。
「八左ヱ門、」
じくり。知らないだろう。
「何だ、三郎」
じくり、じくり。私が、今。
「やはり、私は」
「何だ」
疵付いた、等。
「私は、」
嗚呼、泣いて仕舞いそうだ。
「お前が憎いよ」
嗤った私を褒めてくれ。
揺らいでくれたら
(嗚呼、)
(消えたいのは、)
(私の方だ)
(じくり、)
(嗚呼、痛い)
(痛い、)
自ら抉る疵の、何と癒えぬ事か。
End.