刃の下に心在り
□イエスマンの憂鬱
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己の爪を見る。随分と伸びた。死人の様な色。人差し指の先が紅い。何とは無しに口に含み、幼子の様だとぼんやり思う。爪を噛むと紅の味がした。不味い。口から引き抜くと、つっ、と糸を引く。情事を思わせるそれを、酷く詰まらなく眺めた。何とも味気無い。それはやがてぷつりと途切れる様に消えた。
「藤内、」
いつの間に入っていたのか。そこに居るのに、居ない。存在を認識した後も、気配が掴めない。
「何でしょう、立花先輩」
見透かす様なこの人の眼は、苦手だ。
「お前、」
唇が弧を描く。嗚呼、これは碌な事が無い。
「随分苛立っているじゃあないか」
嗚呼、もう。くつくつと笑みを零す。
「何故です」
「さあ」
面白がって、この狐。
「だが、」
「…………」
「図星だろう」
駄目だ、此処に居ては。余計に、酷くなる。
「そう睨むな」
「いえ、」
「お前は顔に出る」
ずきずきと頭が痛む。ぐるぐるとしていた思考は再びばらばらになって。
「…失礼します」
「藤内」
「………何で、しょうか」
戸に掛けた手はそのままに、応える。仕方ない。面等見せたくも無かった。
「己に非が有ると思うならば、さっさと謝る事だな」
嗚呼、だからこの人は苦手なのだ。
擬似イエスマンの憂鬱
(「……藤内、ごめんね」)
(「…数馬、」)
(「…でも、急に居なくならないで、」)
(「………ごめん」)
嗚呼、またこれで揶揄されるのだ。
End.