愛しく賑やかな日々〜英凛学院物語 三部〜

□愛しく賑やかな日々〜英凛学院物語 三部〜
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「そろそろ、住むところきめなきゃいけないな」
嬉しそうに帰宅した秀の話を十分に聞いたあと悠夜が言う。
「どうしてですか?」
「泉さんに原稿の依頼が来たんだよ。」
「それで・・・・。」
泉はなにも言わないが、いつも原稿を書いているのは悠夜達が寝泊まりしている部屋なのだ。
つまり、仕事が始まると悠夜達がいる場所がない。
これ以上彼に迷惑をかけることなどできないのだから。
「叔父さんから許可もらって援助も取り付けてるから金銭的な事は心配ない。ただ、『三谷家の後継者が住むにふさわしい家にしなさい』と言われている事が一番の問題だね。」
金をだすが、それ以上は手も口も出さない。と彼は言っているのだ。
悠夜達を試している。どう行動するかを。
「探さないとなりませんね。」
その言葉に秘められた意味を秀も理解する。
「そう。独立して暮らすって結構たいへんだ。」
「そうですね。」
ただ、これからの事はどんなに大変でも希望を持てた。
強いられたレールではなく、選んだ上で道を進むのだから。
「その前に、ごめん。お前にずっと辛い思いをさせた。謝って済む事じゃないけど。」
深く、悠夜が頭を下げる。
「や、やめてください。あなたが、そんな事をなさる必要はないのです。」
「でも、秀はっ」
たぶん、秀は悠夜の側にいなかったらもう少し楽なポジションにいることができる。
傷つかないでも良かったはずだ。
俊樹の事は、悠夜をおそうと脅されて関係を持ち続けていたのだから。
その事を聞いて震えるほどの怒りが体をかけめくった。
それは俊樹への怒りより悠夜自身への怒り。
自分の無力さへの怒りだった。
「私は、私の願いの為に、俊樹様に抱かれていました。けっして、悠夜様の為だけではないのです。」
ただ、悠夜の側のいる事を許される。それが秀の願いなのだ。
ずっと変わらない。ただ一つの願い。叶えるためなら、どんな代償でも支払う。
ただ一つ後悔するなら、悠夜をその事実が苦しめている事なのだが。
「だけどっ」
「あの方との行為は辛かった。その事に耐えたのは、私のすべてを差し出してもあなたのお側にいとい
う思いからでした。」
「秀。」
「あなたには私の名前を呼んで頂けるだけで十分です。必要として下さるって事でしょう。」
秀は微笑む。澄み切った微笑みで。
なんの見返りも求めず、ただ自身がもとめ続けた悠夜の側にいたかった。それが望み。
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