愛しく賑やかな日々〜英凛学院物語 三部〜

□愛しく賑やかな日々〜英凛学院物語 三部〜
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「ステキな人だな。」
飾り気のない笑顔。
そしてなによりリラックスして会話する秀の姿をみて悠夜はそう言う。
「ええ。あの家で兄だけが私の味方でしたから。」
わたされた名刺を大切に両手で持つ。
「名字、違うんだ。」
のぞき込んだ名刺。
「私は、三谷の家に引き取られた時点で、本来の戸籍に戻っていますから。」
秀の事情を悠夜は知らない訳ではなかった。
ただ、そこまで徹底的にかっての家族から引き離されているとは知らなかったのだ。
「ごめん。」
それを忘れさせるほどに、自然な会話だったから。
「いいんです。永野の両親の望みであったんです。本当の子供じゃない私をそのまま、戸籍に入れている事をゆるせなかったのでしょうね。」
その言葉は寂しげであり、悲しげであった。


永野 祥との再会から二人の日常は変わる事になるなど予想もしていなかった。



『食事どうだ?給料日だからおごるよ?』
祥から電話がかかったのは、突然の再会から二日後だった。

「いって来いよ。久しぶりなんだろ。」
悠夜のすすめもあり秀は兄との待ち合わせ場所にむかった。
悠夜は秀が家族の縁に薄い事を知っていたから。
彼の過去を知っていいるからこそ、とまどいながら嬉しそうな顔を浮かべる秀にとって、祥という人物
がかなり大切である事がわかった。
だからこそ、あってくるようにと言ったのだ。



「またせたな。」
待ち合わせの時間に少し遅れて現れた兄はスーツ姿で少し息を切らせていた。
「いえ、今来たところですから。」
秀は不器用に笑う。
いつもの笑顔とは違う。すこし、甘えたような笑顔。
「いこうか。あんまり高い店じゃないけどな。」
くしゃりと秀の髪をかき混ぜた。
昔、秀が祥の弟とよばれていたころよく彼がやっていた仕草。
「はい。」



「うまい?」
行儀良く食事をする秀に祥は声をかけた。
「とても美味しいです。」
祥が予約をいれていた店は、堅い雰囲気でなく、安価な料金で本格的なイタリアンを出すレストランだった。
身に着けるべき知識として、秀はマナーや料理の味などを把握している。
そんな彼の舌は確かであるが、この店の味は間違いなく「美味しい」と言えた。
「なんだかうまいもの、食べさせたくなって・・・な。」
ほほえみかけ表情は何処までも優しい。
「そうなんですか?」
きょとんとした秀はなぜ祥がそう思ったのか判断がつかない。
「ああ。なんとなく・・・な。」
祥は10年ぶりにあった弟の事がやはり愛しいと思った。
ほんの少しの運命のいたずらが幸福であったかもしれない秀の人生を狂わせたのは間違いないのだから。
本来の家族ではない家庭で育つと言うことは、辛かったとおもう。
実の両親であった祥でさえ、暖かな愛情をそそがれた記憶がうすい家庭だったのだから。
「またあってくれて嬉しいんだ。」
「えっ?」
秀は不思議そうな表情を浮かべる。
彼からの連絡が嬉しくて、何故祥がそんな事を言うのかわからないのだ。
「永野の家はお前にとって辛い記憶でしかないだろ。・・・父や母をそして俺をゆるしてほしい。」
祥は静かに頭を下げた。
小さな弟への両親の仕打ちはいかなる理由があろうと許されるものではない。
それでも、祥にとって彼らは大切な家族だった。
たった一人の父親と母親だった。
「・・・・いいえ。兄さんはずっと私の事を守ってくれたでしょう。ずっと逢いたかったんです。」
小さく微笑む。
秀にとって確かに永野の家は辛い記憶が多い。
だが祥との記憶は暖かだった。
振り向いてもらえないつらい記憶。
それと同時に辛いときや苦しい時にさしのべられた暖かさが忘れられない。
「また、逢ってくれるか?」
「もちろんです。」

兄は変わらず優しく。あれやこれやと気配りをみせてくれた。
くすぐったいように温かかった。
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