Short Story

□君の声を聞かせて
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朝起きると、隣には誰もいなかった。

ぽかぽかと暖かい日差しの中、遠くで、お湯を沸かす音がする。


擦りすぎて痛む目に、昨日の夜を思い出した。


大好きな大好きな快斗が浮気をしていたのだ。

女の人と夜の町を歩く姿は、私の知らない顔をしていた。
いくら彼を問い詰めても否定ばかりで話を聞いてくれない。

信じてたのに……

悲しくて悔しくて、今まで自分だけがこんな気持ちでいたのかと思うと、バカみたいで泣けてきた。

ごまかそうとする君なんて 大嫌いだ。

ウソばかり並べて説明しようとする快斗を無視して、寝室に逃げた。

腹立つ気持ちも落ちつけば全てが悲しみになっていく。
ショックだった。
心の底から彼が好きだったからこそ、喪失感は大きい。

涙腺が壊れちゃったみたいに、私は泣き続けた。





その跡が、忘れさせないとでも言うように頬にぺったりとついている。

日差しが眩しくて時計を見たら、もうすぐ10時になるところだった。
今日は休日だし、学校の心配は無いけど、そろそろ起きなきゃなぁ。

隣の部屋でおそらく朝食を作っている音は快斗だろう。


朝が来ても彼がここにいることに心底安心してる自分がいた。



気持ちに偽りはないけど、言い過ぎていた気もする。
ちゃんと謝って、今度は彼の話も聞こう。

そう思って身を起こすと、調度快斗が寝室に来た。


「……わり。
 そろそろ起こしてやろうかと思って」


昨日帰ってきた時と違うシャツを着ている。
休日出勤の多い彼も今日は休みのようだ。


「昨日は、悪かった。お前の話もちゃんと聞かないで、たくさん泣かしちまって。
 ……ごめんな。」


こちらの表情を何度も確かめるようにして、少しずつ快斗は話し出した。

胸に何かが詰まる。

私もちゃんと話さなきゃ。
私も悪かったよ、もう怒ってないからって伝えなきゃ。



震える心で快斗の目を見て、ごめんねって口にした ……はずなのに…あれ?


何度口を動かしても、それが音にならない。


喉に大きな網がかかったようだ。
空気ばかりが逃げて、言葉が出てこない。




何も話さない私を見て、それが答えだと思ったらしい。
見たこともないような、悲しい顔をした。



違うよ、大丈夫だよ。

心の中で響く言葉たちは、やはり彼には届かない。


おかしいな。


気持ちとは裏腹に、詰まった何かがどっしりと重くなる。


どうして。どうして。



「美那、子…?お前どうしたんだ…?」

さすがに不思議に思った快斗も駆け寄ってきた。



あぁ、もしかして私は

心のどこかで、まだ彼を憎んでいるのかもしれない。
“ここで許しちゃだめ”って、止められているのかもしれない。

そうだ、きっとこれが正直な気持ち。
本当は話せるのに、心が拒絶してるんだ。



無反応な私にどんどん不安そうになっていく快斗。
肩を掴んで大きな声で私を呼んでいる。


ゆっくりと彼の目を見て、今度は口だけ動かした。


(こえが でないの)



大きく目を見開き、絶望したような顔の快斗を、何故か冷静な私は心で笑っていた。


そうやって反省すればいい。
自分のしたことを悔いて悔いて、心に刻みつければいい。



「ごめんな、ごめんな。もう大丈夫だから。
 ずっと傍にいるから。ごめんな。」


抱きしめた肩口で涙する快斗の背中にゆっくり手を回した。



そうやって、私を手放せなくなればいい。




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