ハガレン+その他

□悪の娘と召使
1ページ/7ページ

むかしむかしのとある国で、王と王妃が亡くなった。
それは、野心に憑かれた家臣の奸計。
王と王妃を亡き者とし、その子供に民の不満を集めて消すことで、新たな王家を誕生させる。
しかし、その子供は…
双子だった。
『片方が消えても、片方が残ってしまう』
『王家の血筋を絶やすには、双子では都合が悪い』
――まず、双子の選別をしよう――
そうして、生け贄に選ばれたのは…
姉のリンだった。
この国の王家の正当な王位継承者は、「王家の証」と呼ばれる独特な痣を持って生まれてくる。
その証を持っていたのが、リンだったのである。
証を持たない弟のレンは、すぐに始末されることになった。
不穏な空気を感じた乳母は、まだ小さなレンを街はずれの教会に預けた。
そのとき…王子としてのレンは死んだ。

そして、十余年の月日が流れた。

神父は、14歳になったレンに本当のことを話した。
生い立ちのことも、国の情勢のことも。
急に『王女リン=姉』だと言われても、これまで孤児として生きて来たレンにとって、リンは王女以外のなにものでもない。
正直戸惑ったが…
本当のことを知ったレンは、たった一人の肉親…姉のリンのことが心配になった。
ちょうどその頃、城では召使を募集していた。
レンは召使として城で働くことを決めた。

召使に採用されたレンだったが、始めは許される行動範囲が狭く、リンに会うことは出来なかった。
それでも、唯一の肉親のためになるのなら…と、どんな雑用も文句一つ言わずこなしていくうちに仕事を覚え、信頼を得て、少しずつ行動範囲が広がって行った。
一つ一つ出来ることが増えていく…
そんな中、仕事のやり方以外にもわかったことがあった。
それは、姉であるリンの人柄だ。
巷では悪逆非道と言われているが、実際の彼女はそうではなく、働いている小間使いや兵士たちにお礼を言ったり労いの言葉をかけたりと、城内での評判はとても良い。
レンはますます、リンのために頑張ろうと決意を固めた。
そんなある日。
「あら、見ない顔ね」
掃除をしていたレンの耳に、鈴の音のような声が届いた。
顔を上げると、そこにいたのは…
姉である…王女リンだった。
「王女様!…自分は、先日この辺りの清掃を任された、レンと申します!」
慌てたレンが答えると、リンは優しく微笑んだ。
「そう。…ご苦労様」
そして彼女は去って行った。
二人は…再会した。

レンの仕事ぶりと評判を聞いて、彼を気に入ったリンからの指名で、レンがリンの身の回りの世話をすることになった。
レンをよく知る人たちはすぐに、「彼ならば当然だ」と納得した。
新参者の大抜擢に不満の声も少なくはなかったが、王女直々の命令ということもあり、表だって異を唱えようとする者はいなかった。
レンは王女の部屋の扉をノックする。
「王女様、失礼します」
「入っていいわ」
リンの返事を聞き、レンは扉を開ける。
「あぁ、貴方ね」
「…はい。…レンです。この度は王女様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました」
レンが挨拶すると、リンは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、ばあやにも紹介しなくちゃ」
リンは手元の鈴を鳴らした。
「王女様、いかがなさいました?」
部屋に入って来たのは、50代くらいの女性だった。
その女性を一瞥したリンは、レンに視線を戻す。
「私の乳母よ。これからはこの乳母の仕事を手伝ってもらうわ」
リンはまた、乳母に視線を向ける。
「…彼にいろいろ教えてあげてね」
「かしこまりました」
乳母はレンの方へやって来る。
「あ、あの…レンと申します!」
その名前を聞いた瞬間、乳母の眼差しが変わった。
「レン!?貴方はレンというの!?」
乳母はレンの肩を掴んだ。
「え…?」
何が何だかわからないレンが動揺していると、リンが乳母に声をかけた。
「ばあや、レンがどうかしたの?」
その声で我に返った乳母は「…いえ、何でもありません」と言ってレンから手を離した。
「失礼しました。では、早速こちらで仕事をしてもらいましょう」
「はい」
レンは乳母に続いて部屋を後にした。

乳母はレンに、リンの部屋の掃除や、彼女に食事を出したり、話し相手になったりすることが主な仕事内容だと伝えた。
話している間中、乳母はレンに何かを聞きたそうにしていた。
それだけでなく、レンは、彼女がレンの名前を聞いた時の反応も気になっていた。
「あの…もしかして、僕を教会に預けたのって…」
恐る恐る尋ねると、乳母は納得した様子で「やはり貴方はレン様なのですね…」と呟き、申し訳なさそうに視線を向ける。
「申し訳ありませんでした。私には、あれしか方法が無かったのです…」
俯く乳母に、レンは慌てて「謝らないで下さい!」と言った。
「神父様に聞きました。貴女が僕を教会に預けなければ、僕は殺されていただろうって。だから僕は、貴女に感謝してるんです」
心からの感謝をこめて、レンは微笑む。
乳母が顔を挙げた。
「レン様…こんなに立派になられて…」
そう呟いた彼女の目が、見る見るうちに潤んでいく。
聞けば、彼女には息子がいて、その子が元気に成長する姿を見ては、レンのことを気にかけてくれていたらしい。
どんなにレンの身を案じようと、彼の存在を隠し通す必要がある以上、会いに行くことは出来なかった。
これまでの乳母の葛藤を思い、レンは一層感謝し、彼女のためにも頑張ろうと、決意を新たにする。
「ありがとうございます」
改めて礼を言い、レンはハンカチを差し出す。泣いていた乳母は、涙を拭った。
彼女が落ち着くのを待ってから、空気を変えるように、レンが「さて、さっそく仕事を始めましょうか!」と明るく言うと、乳母は慌てた。
「レン様…申し訳ありませんが、私の仕事を手伝っていただきたいのです…」
何事かと驚いていたレンは、おずおずと頼んでくる乳母に、思わず苦笑する。
「もちろん何でもしますよ。…僕は、召使ですから」
そして、レンの新しい仕事が始まった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ