☆倉庫☆

□■傷と約束■
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カタン、とリビングの入口で音がして、ソファに座り、本を読んでいた雲雀は、その音に顔を上げた。

(暗い…)

いつの間にか夕暮れも過ぎた薄暗がりの世界が訪れている。

(もうこんな時間か…)

壁に掛かる時計を見、そして音のしたドア付近から漂う人の気配と血の匂いに柳眉をしかめる。

「ヒ、バリ…」

か細い声に呼ばれ、ゆっくりとそちらに顔を向ける。

そこにいた人物に驚くことはない。
雲雀に警戒させずにこのマンションの一室に来られる人間はごく僅かだ。
更に傷を負ったままここを訪れるのは、一人に限られている。

「また、怪我したの?」
「たいしたことないけどな」

蒼白な顔をして、彼は随分な嘘を吐く。
それでも、自分から逃げないだけマシか。


『並盛の風紀を乱されるのは迷惑だから、倒れる前に僕のところに来なよ』
『じゃあテメェが怪我したら俺が手当てしてやるよ』


数年前、戯れのように交わした約束は、初めて実行に移されて以降、ずっと続くことになるとはあの頃は思いもしなかった。

「見せて」

ひそかに溜め息を付いてから、わざと音を立てて本を閉じテーブルに置く。おいでと促せば、案外素直にやってきた。

「どこ?」
「腕と脇腹を少し…」

隣に座らせ、スーツの上着とシャツを脱がす。
確かに彼の言う場所にはナイフによる決して浅いとは言えぬ切り傷があった。

大方、挟み撃ちにでもされて避けきれなかったというあたりだろう。

自ら施したと思われる止血の処置で、雲雀の部屋を新たな血で汚すことはなかったが、それでもフローリングに打ち捨てた衣類は、赤い液体を吸って重く感じた。

「待ってて」

そう言って立ち上がると、リビングの棚から自分に対しては滅多に使うことのない救急箱を手に持って、獄寺の元に戻る。

慎重に傷に触れる。息を詰める気配があったが、次の瞬間、容赦なく消毒液をかけた。

「〜〜っっ!!」

当然しみたのであろう。身体が跳ねたが、悲鳴は音にはならなかった。

出会ったころなら五月蝿いくらい騒いでいたのに、いつから声を噛み殺すことを覚えたのだろう。

それが少し淋しく感じられて、噛み締められた唇に手を伸ばす。

「ダメだよ。傷が増える」

親指の腹でなぞるようにすれば、閉じられていた口が僅かに開かれる。
そのまま滑らせた手を顎にかけ、軽く口づけた。

「ヒバリ…?」
「…君は接近戦に向かないんだから、いい加減、学習したら?」
「うるせ「黙って」

言葉を遮ってもう一度、キス。
先程よりも深いものを。

(………)

守護者の中で唯一の中距離支援型、攻撃的な性格ではあるものの、他と比べると状況を分析し頭脳的な戦い方を展開することから、いつの間にか組織の参謀役を担っていた。
昔よりも前線に赴く回数は減ったが、たまに出ていくと、こうしてどこかしら傷を負って帰ってくる。
幹部クラスが動くほどの難任務であることを差し引いても、何故か負傷率が高い。

「…はっ…」
「っ」

重なりを解き、雲雀は再び手を作業に戻す。獄寺は黙ってなされるがままだ。

くるくると白い包帯を巻けば、傷は隠れる。けれど…

「…報告は?」
「これから行く。血、流してかないと、10代目に余計なご心配を…痛っ」

不快な言葉を最後まで聞きたくなくて、治療の終わった腕を、白い布の上から掴んだ。

「なにしやがる!」
「痛い?」
「あったりまえだ…って、おい?」

鍛えられているが、それでも自分より細い、華奢とも言える身体を抱きしめる。

「どーしたんだよ…」

戸惑いや動揺がありありと浮かぶ声に、随分と前から漠然と思っていたことを口にしてみる。

「君と約束なんかしなければよかった…」
「!」

血の匂いを纏った彼に触れると、息苦しくなる。知りたくもなかった恐怖を沸き上がらせる。


「けどヒバリ…オレはお前が約束してくれたから、いつも戻ってこられるんだ」

背に手が回され密着度が高まる。その確かな温かさに、何故か視界が歪んだ。

(ホントに君は卑怯者だよ)

そんな風に言われたら、また約束を捨てられなくなるじゃないか。

「ヒバリ…」

囁くように名を呼ばれることを愛おしく感じてしまうかぎり、傷はまた作られ、約束は守り続けられるのだろう。

らしくない自分の思考に苦笑しつつ、雲雀はもう一度だけ腕に力を込めた。


END

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