☆倉庫☆
□■キミダケ■
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「君だけだよ」
映画やドラマの中でしか聞けなさそうな言葉を、到底似つかわしくない人物から聞いた瞬間、驚きの余り自分の動きが止まったのが分かった。それこそ、まるで漫画のように。
「な、なんだよ。いきなり…」
「別に。だだ言いたくなっただけ」
時刻は4時を少し回ったところ。補習を受けているおのが主を待ちながら校内をうろついていれば、廊下で呼び止められ招き入れられた応接室。
誘われたことを幸いに、気に入りの長いソファに身を預け、ぱくぱくと茶菓子にありついていれば、テーブルを挟んで腰掛け、文庫本をめくっていた人物から突然告げられた冒頭の言の葉。
言われた側はこんなにも衝撃を受けているのに、言った本人は何事もなかったかのように手元のページをめくっているのだから、不公平感にも似た気持ちになるのも仕方がないだろう。
けれど。
放たれた言葉の意味がじわじわと内側に染み込んでしまえば、反論はできようはずがない。
何故なら自分は知ってしまっているから。
言われた述語に結び付く主語は、ひとつだけとは限らないことを。
『君だけだよ。
自らこの部屋に呼び寄せるのも。ここで寛ぐことを赦すのも。柄にもない言葉を僕に吐かせるのも。
みんな…君だけだ』
音にはなっていないこれは幻聴?
「お、俺だって…お前、だけ、だ…」
言いかけて、けれどやはり恥ずかしさが先に立ち、言い淀む。下を向いたが、自分の顔が熱くなっているを感じる。
「……」
「……」
この沈黙は居心地が悪い。ちらりと視線を遣れば、いつの間にか手元の文庫本を閉じた雲雀が笑みを浮かべてこちらを見ていた。
そこで気付く。
「てめぇ、言わせやがったな?!」
激昂し握った拳は、すぐに行き場を無くす。
「僕にだって、確認したくなる時くらいあるんだよ」
やんわりとこちらの言葉を受け流し、そう言われてしまえば、もはや抵抗のしようもない。
「雲雀…」
なんだよ。今日のお前、なんだか変だ。
「ねぇ、キスしていい?」
いつもは確認なんかせずに噛み付いてくる癖に。
「お、おぅ…」
…俺だって、お前だけだ。
何も用がないのに傍に居たいと想うのも。同じ空間にいれることが嬉しいのも。キスをしたいと願うのも。
みんなお前だけ。
だから。
隣にやってきた雲雀が、頬に触れて来た時、背に手を回しせがむように学ランを握った。
END