1 転校生

僕は、父親の転勤で住み慣れた九州(といっても福岡県だけだが)を離れ、ここ東京都にやってきた。前々から都会に行ってみたいと憧れてはいたのだが、実際に来てみるとさほど感動はない。高校2年生の二学期からという、中途半端な時期もあってか僕は、少しふて腐れていた。
「まあ、そうふくれるなっ。」
運転席の父親が言った。 「またすぐに友達なんてできるさ。」
「…そういう問題じゃないよ。」
僕は、外の景色を見ながら話した。
「だいたい、なんで土木業でこっちまで来る必要があったんだよ。」
すると、父親はまたあの言葉を繰り返した。
「いいか、真治。よ〜く聞け。男ってのはなぁ〜…。」
「…男ってのは、いつでもロマンをでっかく持つもんだ…でしょ?」
僕は、これから長く続くであろう父親の語りを、最初の文句を先に言うことで、止めることができた。
「なんだ、わかってるじゃないか。」
そういうと父親は、ラジオに手をかけた。
父親と話すとだいたいこうだ。理由を聞いても、だいたいこの調子で返されてしまう。それによって僕が投げかける疑問は、いつもうやむやになってしまっていた。
「はぁ…。」
僕は、またすこしふて腐れた。

僕と父親の一週間後に、母親がこっちに来ることになっていた。何でも、仕事でどうしても外せない式典があるとかなんとか。どうせなら、デザイナーの母親の都合で転勤することになったの方が恰好がついたかも。なんて事を考えていたら、やっとの事で新居に到着した。
「荷物はもうほとんど部屋に入れているからな。後はお前のぐらいだろ。」
そう言うと父親は、レンタカーの軽トラから僕の荷物を降ろした後、車を返しに走っていった。
一通り荷物を部屋に並べ、ただ待ってるのもつまらなかったので、僕は再び外に出た。夕方過ぎだというのに、辺りはまだかなり明るいものだった。少し歩くとそこには、大きな公園があった。やはりまだ明るいせいか、この時間でも幼稚園ぐらいの子供達が遊んでいた。その横で、小さな子犬を散歩させている少女がいた。頭にはリボンを付けて、いかにも小学生っぽい感じの子だった。よく見ると子犬には紐がついていなかった。
(あれくらいの子じゃ、もし子犬が逃げ出した時捕まえる事できないんじゃないかなぁ。)なんて思っていた時だ。僕の心が聞こえたかのように、子犬は走りだした。
「メロンっ!」
おそらく、その子犬の名前であろう言葉を繰り返し少女が叫んだ。
「メロンっ!だめよメロンっ!」
必死に叫んでいる声をよそに、メロンはどんどん走っていった。今この公園には幼稚園児、少女、そして僕。行動に移るまでにそんなに時間はかからなかった。メロンは一目散に道路目掛けて走っていった。それと同時に僕もそのメロンを追いかけていった。
あと少しでメロンが公園を出る、あと少しで僕の手が届く…、そんな時にに彼女が現れた。
「メロン?どうしたの?」
驚いた。それまで走っていたメロンが、ピタッとその人の前で止まったのだ。すぐにメロンは、彼女に歩み寄っていった。そして、さっきの少女も追い付いてきた。
「こら、優。ちゃんと首輪つけとかなきゃダメでしょ。」
そう言ったのは、彼女のほうだった。どうやらこの二人は姉妹だったらしい。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。」
半分泣きべそをかいた状態で妹は言った。
「もしメロンが道路に飛び出して、危ない目にあったらどうするの。」
「…ごめんなさい…。」 妹は、もう完全に泣いてしまっていた。
「…もう遅いから、帰るわよ?優。」
そう言うと彼女は、メロンに首輪を付け、妹の手をひいて歩いていった。と、帰路に向かっていた姉妹の足が止まり、こちらを向いた。
「君、メロンを追っかけてくれたんでしょ?ありがとう。」
そう言うと、再び姉妹は歩き去っていった。

「ちゃんと食べろよ。明日から、お前も初出勤なんだからなぁ。」    夜御飯を目の前に父親が言った。
「これからお前は、やがて3年生になり、進路を決めていくんだからなぁ。新しいスタートを祝って今日はすき焼きだ。」
「って、父さんほとんど肉しか食べてないじゃないか。」
仕方なく、白菜を食べながら僕は言った。
「だいたい、作ったのはほとんど俺なのに。」
「男なら、つべこべ言わない。さぁ〜食べた食べた。」
また、男理論が始まった。僕は黙って箸を進めた。
「そういえば、真治。お前将来何がしたいとか決まってるのか。」
肉中心の父親が問いかけてきた。
「…いや、まだ。」
また長くなる事を察知した野菜中心の僕は、言葉少なく言った。
「まあ、焦る必要はないがな。そのかわり、これだ!ってものはちゃんと見つけるんだぞ?」
「…わかってるよ。」
そしてようやく肉にありつけた僕は、父親の話しを半ば聞き流して食べ続けた。
「父さんがこの仕事をしようと思ったキッカケはなぁ…」
父親の語りは、布団の中まで続いた。

翌朝。ぼちぼち早く起きたつもりの僕だったが、父は、またさらに早かったみたいで、もう仕事に出かけていた。顔を洗い、歯を磨き、味噌汁を火にかけたところで僕は、テレビをつけた。そこには、今までとはちょっと違う新鮮なニュースが流れていた。 [今日は、『関東地方一帯』洗濯物がよく乾くでしょう一日となるでしょう。また『東京』を中心に、残暑厳しい一日となるでしょう。]

学校までの道のりは、そんな難しいものじゃなかった。ただ、地元(福岡)の友達との噂通り、行き交う人の数には驚いた。時間よりもだいぶ早く学校に着くことができた僕は、すぐさま職員室を探した。「おはようございます。今日から、この高校に転校をしてきたものですが…」
真新しい制服を着た、自信のないカタコトの挨拶が職員室に小さく響いた。
「お〜、君が山本真治君か。」
一番奧の席から、眼鏡をかけた男の人が近づいてきた。
「はじめまして。君のクラス2年1組の担任をしている下谷といいます。」
僕は、これからの担任である先生と握手を交わした。
「初日からちゃんと遅刻なしで来たね。いや、結構結構。」
僕は、小・中・高とすべて女の人が担任だったので、この会話も妙に新鮮に感じた。
「では、君の教室に行くとしよう。」
そういうと下谷先生は、自分の机に戻り、出席簿を持って僕を案内した。この学校は、どうやら学年が一つ上がるごとに教室の階が上にいくらしい。つまり、僕のクラスはニ階の一番端になるわけだ。
「さあ、ここが君の教室だよ。」
僕は、2年1組の前で止まった。この何ともいえない緊張感は、あんまり居心地が良いものではなかった。
…ガラガラっ。
「きりーつ。」
女子の声が聞こえた。
「礼。」
「いや〜皆おはよう。元気そうだね。席に着いてください。」
テレビドラマなんかてでよく見るような光景が、目の前で再生された。
「さて、今日から二学期です。今からすぐ全校集会がありますが、その前に一つお知らせがあります。」
その、お知らせであろう僕に皆の注目が集まった。
「今学期から、2年1組に新しい仲間が増えます。福岡県から転校して来た、山本真治君です。皆さん拍手して迎えましょう。」
パチパチパチパチパチ…ッ。
まるで、クラクイン俳優のごとくして僕はこのクラスに迎えられた。
「はじめまして。九州福岡県から来ました、山本 真治です。よろしくお願いします。」
僕は、ややうつむきながら自己紹介をした。
「じゃあ山本君の席は…一番後ろの北島君の席の隣に座ってください。」
僕はその空いてる席に座りその後、朝礼が始まった。
「…というわけで、二学期も頑張っていきましょう。では、今から集会に向かいますので、皆さん体育館に集まってください。」
そう言うと、先生は教室を出ていった。
「はじめまして。俺北島っていうんだ。よろしくな。」
隣の男子が僕に話しかけてきた。
「福岡県から来たんだってなぁ。やっぱりラーメン有名なの?…あっ、馬刺しかな?」
…いや、それは違う県だから。
そう言おうとしたが、九州というだけで田舎者扱いされるのもしゃくだったので、僕なりに大人ぶった答えで返した。
「うん、有名だよ。馬刺しもかなり有名なんだ。九州は東京に負けないくらい有名なものが、いっぱいあるんだよ。」
我ながら完璧と思った。都会人に九州全部をアピールしてやったのだ。僕は、どうだという気持ちで話した。
「へーあんまり気にしてなかったけど、九州ってすごいんだなぁ。よし、じゃあ集会行こうぜ。」 僕は完璧だと思って伝えたのだが、意外に淡々と受け答えした彼にちょっと不満を持った。(せっかく馬鹿にされないように言ったのに。)その時だった。前の方の席から、一人の女子がこちらに歩いて来た。
「…あなたってさ、なんか猫っぽいよね。」
そう、これが彼女と、この学校で初めて目を合わせた時のコトバだった。そして彼女は体育館へと歩いていった。僕は、いきなりそんな事を言われたので、意味がよくわからないままそこに立っていた。
「おーい山本君。体育館こっちだぞぉ。」
無関心な北島君の声で、僕はようやく廊下に出ていった。

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ