君に捧ぐあいのうた

製菓業者の陰謀と
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ああ、なんということだろうか。

朝、まだ冷たい風吹く中、僕はドアの隣のポストに目をやった。そこにはあふれんばかりの、山。
開けたくない。激しく開けたくない。

備え付けのポスト口からは白いものがはみ出している。手紙、なのだろうが、真っ白なそれからはなんというか、まぁ。
開いてはいけないというオーラというか、邪念を感じるわけだ。
こんな無機物から、というか人の手を離れてでも何かを感じさせることが可能なオーラを発せられる人物を僕は一人しか知らない。いや、厳密には二人ほどいるわけだが。
あの人はこんな面倒くさいことなどしないはずだ。
となれば消去法。無論、彼だけということになる。


「兄さん・・・!!」


僕の兄でもある殺人鬼。零崎双識。自殺志願(マインドレンデル)の二つ名をもつ変態だ。とある女子学生に一日に100通ものメールを送ったり、スカートの中にはくスパッツは邪道だと説いたりと要らん逸話を持っている。
そんな兄だが一応まぁたぶんまじめなときとかは信用できる人であるわけで。
とはいえ今日はそんな“まじめ”なときではない。

2月14日。菓子業者のたくらみにより世の乙女たちが浮足立つ日取り。





当然、そういうイベントものにはやけに高い理想を抱いている兄のこと。おそろく。当たっていてほしくはないが、おそらくは催促の手紙なのだろう。
溜息をついて、ポストの新聞と手紙の山を手に取り玄関の戸をあけた。

リビングのソファに腰掛け、どうしたもんかと思考を巡らせる。

手紙を二、三通開いて見てみればやはり兄からの手紙。
今年はどんなものをくれるのかひどく楽しみだやらなんちゃらとびっしり紙面いっぱいに綴られている。

菓子を送らなければ送らなかったでまた面倒なことになりそうなため、選択肢はひとつ。


「はぁあ…」


大きなため息をついて、頭を抱え込んだ。


…なんで。
なんで僕のところにはこんなにも厄介事が舞い降りてくるんだか…。


若干涙目になりつつ。


「あらマスター」

「メイコ…」

「早いのね」

「まぁ、ね」

「わたしもいるよー!」

「ミク?珍しい」

「マスターひっどぉい!」

「…どうしたの?なんだか落ち込んでいたようだけど」

「…あぁ…」
ちょっと、ね。

「なにかあったの?」

「ちょっと、兄からの…」

「手紙?マスター兄弟いたんだね!」

「うん、血はつながってないんだけどね。」

「…悪いこと聞いちゃった?」

「いや。そんなことはないよ」

「よかった」


安心したように息をつくミク。
それにしても。
あぁあああ…。
 
兄さんへのチョコレートどんなものにしよう。
双識兄さんにあげたことがばれたら人識兄さんも欲しがるよなぁ…。
甘党、だもんなぁ…。

うあぁーめんどくさい…。

しょぼくれていると、大分我が家の同居人たちの覚醒の時間が近づいてくる。
7時30分。

メイコが片手にフライパン、銀のおたまを装備した。
それをあわせ、思い切り。


ガァンガァンガァンガァン!!


打ち鳴らした。

相変わらず…、すさまじい威力だね。メイコ…。
耳痛い…!


「め、めーちゃん!おきた!起きたからー!!」
「メイコ殿!もうよいでござる!」
「め、メイ姉!もういいよ!!」
「リンも起きたからー!!!」


半泣きでばたばたとリビングへかけてくるボーカロイドたち。

ミク(耳栓付)はすでに作られてあった朝ごはんを飯台に運んでおり、準備は万端。


「じゃあ、手を合わせて」
「「「「いただきまーす!!」」」」


今日の朝ごはんはつやつやとした白米に出し巻き卵と鶏の香焼。白菜の味噌汁にアジの開き。かぶの三品漬けが食卓に並んでいる。

そこまで手の込んだものではないけど人数が人数のためこうして見るとなかなかに壮観だ。


「そういえば、マスター」

「どうしたの?カイト」

「いえ、昨日知ったんですけど。今日は、」
「バレンタイデーなんだって?」
「レン…」


発言を遮られ、がくりと肩を落とすカイトはほどほどに、双子が僕に詰め寄る。


「え?マスター!バレンタインってなに?リンにも教えてよー!」

「…バレンタインさんが死んだ日だよ」

「ちょ、マスター!?」


うにに。今の僕にはバレンタインというのはタブーなのだよレン君。
間違ってはいない。うん。


「そんな…、そんな日なのになんでレンは嬉しそうなの!?酷い!」

「え、えぇ!?」

「レンくん…」

「ミク姉まで!?ま、マスター!きちんと説明してよ!」

「(別にまちがってはいないんだけど…)…お世話になった人とか、好きな人にお菓子を渡す製菓会社の陰謀の日だよ」


僕のその言葉に。
カイトとレン以外の目がきらりと光った。




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