短編小説

□贈り物
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「忠勝」
「む、康政ではないか」

江戸城に登城した時のこと。
親友の榊原康政に廊下で呼び止められ、忠勝は振り返った。

「何用か」
「今日は何の日か知っているか?」


突然話を振られ、忠勝は首を傾げる。
康政の方は何故か嬉しそうにしながら説明しだした。


「?何かあるのか?」
「直政殿から聞いた話なのだがな。
 今日は伴天連では意中の相手に菓子やら花やらを贈る日だそうだ。
 確か…『ばれんたいん』というらしいぞ?」
「ほう、…で?」
「で、じゃないだろう。誰かに貰ったか?」
「そんな日も知らぬのに貰うわけがないだろう…。お主は貰ったのか」
「貰ったさ女房に。ここに来るとき急に菓子を寄越すから気になってな。
 直政殿に聞いてみたら今日がその日だったという訳だ」


それでこやつは嬉しそうにしておったのか…と一人で納得しながら、忠勝は話を聞いてやる。
そして妻に貰ったらしい綺麗に飾りつけられた菓子を康政は自慢するとばかりに忠勝に見せつける。
康政はかなりの愛妻家だった。


それから延々と忠勝は嫁自慢の話を聞かされ、そろそろ眠くなってきた頃にとんでもないことを言われた。

「あ、あと半蔵殿にも教えておいたぞ。もらえるかどうかは置いといて」
「ぶっ!!???な…っ康政!貴様何を…!!」
「あ、悪い。余計なことをしてしまったか?じゃ、頑張れ」

唖然とした忠勝を尻目に康政は笑いながら廊下を走って逃げ出す。


「頑張れって何を…あ、こら康政待て!廊下を走るな!」


呼び止めようとしたときには、康政は既に廊下の突き当たりを曲がる頃だった。
見えなくなったところで笑いながら話す康政の声が聞こえた。

「もらえなかったらお前からでも贈っておけー…」
「逃げるなっ!!…全くあやつは…!」


一人取り残された忠勝は廊下に呆然と立ち尽くす。

「拙者に…どうしろと…」


室内であるはずなのに何故か忠勝の周りに如月の寒い風が吹き付けた。


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