trickbook

□輝石の隣
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もう一年。
東京の帰る場所を奪われたあのインチキ奇術師とは会っていない。





輝石の隣



もしかしたら長野に行けば会えるかもしれない。
だけど足が動かないのはなんだか負ける気がして嫌だったから。手を伸ばせば叶うのに俺はこんなにも弱くなったのか。
まさか。上田次郎様に限ってそれはない。
いや、会いに行ったとしてもきっと彼女に追い返され、なんできたんだ、とかぐちぐち吐かれる。
そして会いたかったと伝えてもきっと彼女は拒否するだけだ。

気の迷いだと。

そんなことを考えながら今日も物理の講義を済ませ、自分の研究室の椅子に座りため息をついた。
ふと研究室を見渡せば今まで解決してきた事件の村などから持ってきたがらくたとも言える品物たちがたくさん並べてあるため、見れば見るほどあのインチキ奇術師を思い出す。

──色んな事があったな…。

今までずっと出版した本の中では自分が解決したと書き記してきたが、俺がここまで生きていられたのはあのインチキ……いや、山田奈緒子のお陰かもしれない。
認めたくはないがあいつが解決したのは紛れもなく事実。
一人で様々な場所に乗り込んで行ったら今ごろ自分はもうこの世にいなかったかもしれない。
まず最初の母之泉事件で殺されていたかもしれない。
でも俺は臆病じゃない。一人でも……出来たはずだ。
言い聞かせれば言い聞かせるほど疑問が生じる。
──ありがとうなんて言った事がない。
ほら、会いに行く理由が出来たじゃないか次郎。
それでも躊躇う。

俺もきっと山田を目の前にしたら意地を張るに決まってる。それは目に見えてるさ。
会いたかったなんて言える訳がない。
認めない。


ある日、次郎号はある場所を目指していた。
少しドライブをするつもりだったのだけれど。
窓の隙間から入る夜風の冷たさに身震いしながら林の陰に次郎号を止めて、15分くらい歩いた先の広い丘で上を見上げると風が強いせいか、雲ひとつない空に満天の星が輝いていた。
この世界は広い。こんなにも広くてどこまでも続いている空の青がかった黒がとても儚く見えた。

ここにきたのはもしかしたら偶然のように会えるかもしれない、と思ったから。
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